東京国際フォーラムで開催された、ペルソナミュージックライブに参加してきました!いやー…すごかったです。18時開演で終了21時過ぎってどんな規模やねん、と思いましたがこの全然聞き足りない感。アニメがあったことで曲数が増えましたからねー、歌入りも好きですが、ゲーム内のBGMが大好きな身としてはちょっとさみしくもあり。「避けられぬ戦い」が聞けなかったのは本当に心残りです…あのギターライン好みすぎるんですもん。でも最後、「Never more」を会場中で大合唱したのは普通に感動しました。ちょっと泣きそうになるくらい感動しました。棒立ちとサイリウムの振り回しによる筋肉痛は二日後に来ました。
さて、「とある派遣の業務日報」です。…自分でももうどうしたらいいのかわからないこのサブマスウェーブ。我ながら書き上げるペースと分量が加速していることに気持ち悪さを覚えています。だってわたしこれ、ゲームしてないのに…いわゆるひとさまの妄想に萌え悶えて、我慢できずに自分でも妄想しはじめちゃっただけですからね。本当にポケモンが大好きで、その一環としてサブマスが好きな方にはパイ投げ食らわされそうですが、そのときにはぜひご教授いただきながら顔面のパイ完食する所存ですのでどうぞよろしくおねがいします!←? 今回こそメインはノボリさんです。ノボリさんに割とましまし言ってもらえたので満足していますが、前半がだらっだらしすぎたことが大変不満です。大変不満ですが思ったより削れなくてなんだかなあという感じ。後半は書きたかったことを割とスムーズに盛り込むことができたので、気に入っています。自分でも不思議なんですが、このシリーズは一番最後のオチの部分をすっきりと、比較的きれいな形でまとめられてるような気がして、その点も満足しています。書いてるわたしとヒロイン(…ヒロイン?)の子の相性がいいのかもしれません。
[0回]
<7月17日>
「クダリさん、見つけましたよ」
こいつ仕事ナメてんのか。腕組みとともに見下ろした先には、制帽を顔にかぶせ、脚を組んで寝転がる白のサブウェイマスター。事務所の備品を集めた保管室の奥にできあがっていたのは、段ボール同士を器用に組み合わせて作られた、“巣” のような寝床である。この器用さをもっと他のこと、たとえばポケモンバトル以外の仕事とか仕事とか仕事とかに活かしてもらえると、だいぶ楽になるんだけどなあ、わたしが。考えても仕方のないことに思索を巡らし、わたしは溜め息をついた。いつまでもかくれんぼをしているわけにはいかない。
「ほら、早く立ってください。どうせ起きてるんでしょう?」
「……てへ」
なにが 「てへ」 だ、かわいこぶってるつもりか、いい大人が。……いや、かわいくないとは言ってない。
いたずらっこのような表情でぺろりと舌を出した上司(上司!)を目の前に、わたしは片手で顔を覆う。なんだってわたしがこんなことをしなくちゃならないのだろう。事の発端はクラウドさんの机のなかから発掘された確認書類の期限が今日までなことで、提出先がよりによって黒ボスではなくクダリさんだったことで、ダブルトレインでのバトルも無事勝利で終えて下車したはずのクダリさんが、なぜかそのまま行方をくらませ、あせったクラウドさんにより 「白ボス連れて戻ってこい!」 という指示を出されたせいだ。――…あれ、これ悪いのクラウドさんじゃね?
事務所に戻ったら問答無用で机上の大掃除してくれよう、そう決意したわたしを覗き込む、白い影。
「…スバル、おこった?」
「…この程度で怒ると思われてるんですか? わたし」
「ぜーんぜん! 行こっ」
「(…確信犯かよ…)」
最近気がついたことではあるが、クダリさんはどうも、自分が “かわいい” ことを自覚しているらしい。より正確に言うなら、周囲からかわいいと思われていることに対して肯定的、とでもいうのだろうか。子どもの失敗を大人がつい笑って許してしまう、そんな甘さを的確に突いてくる。もちろん物事には限度というものがあって、いくら子どもだからといって笑って許されないこともあるわけだが、子どもっぽくあって、しかし決して子どもなどではないこの大人は、その許容範囲を冷静に、かつ正確に測っているらしかった。そして、その範囲の中で、正しくワガママにふるまう。
――厄介というか、たちが悪い。
わざわざ腰を曲げたり、しゃがみこんだりした上でこちらを上目づかいに覗き込み、コテンと首をかしげてにこっと笑う。例えばこういう一連の仕草が、彼が意識的にふるまったその結果であると気付くのに、わたしは三カ月を要した。
「そういえばスバル、その呼び方、やっとなれてきた」
となりを歩くそのひとを見上げれば、またしても満面の笑みである。とてつもなく苦々しい気分で、わたしは隠そうともせず表情をゆがめた。白がくすくすと笑みを重ねる。
「あは! スバル、すっごいかお!」
「わたしはボス達と違って、きれいな顔立ちをしているわけじゃありませんので。生まれつきこういう顔なんです」
「えー、そんなことないよー? ……てゆーかあ、“ボスたち”?」
ぐっと言葉に詰まったわたしを見下ろす、このひとの顔といったら!
「ホラホラ、ちゃんと言いなおして!」
「~~~っ。く…、クダリさん、たち、」
「よくできました」
あのひと、本当にわたしをポケモンかなにかだと勘違いしてるんじゃなかろうか。ぐしゃぐしゃにかき回された頭を手櫛で整えながら、わたしは憮然とした表情で溜め息をつく。今日はもうこれで三度目だ。朝、廊下ですれ違ってわしゃわしゃ、さっき備品保管室でクダリさんを見つけてガシガシ、そして今駅構内の掲示物の貼り直しをしていたところをぐしゃぐしゃ。もう何が何だかわからない。
されるがままのわたしを面白がったのか、最近では鉄道員の皆さんまで何かにつけてわたしの頭をかきまわす始末だ。さすがバトルサブウェイご自慢の廃人鉄道員共、ノリがいいことこの上ない。そしてなるほどあのクダリさんの部下たちである、止めてくれというひとの話なんぞ聞きやしねえ。
「――――!」
最後のポスターを貼り終えて、さて事務所に戻ろうかと考えたときのことである。
絹を裂いたような、とは言わないが、ピリリとした緊張感をはらんだ声が切れ切れに聞こえてきて、わたしはあたりを見回した。ここはステーションの中心部から少し距離があるせいで、人目もなく閑散としている場所だ。多少薄暗くもある。
そしてそういう場につきものなのが、迷子、幽霊、
「なあ、ちょっとぐらいいいじゃん?」
――痴漢の類である。
「オレら、きみのポケモンが見たいだけなんだって! なあ?」
「そうそう、だから一緒行こーぜ? なんも変なこととか考えてねーし」
「おっまえ、それ言ったらほとんど考えてるもドーゼンなんじゃねえの」
げらげらげらげら。可哀そうになるほどあたま悪そうな笑い声の三重奏だ、声の発信元を見つければいよいよ溜め息しか出てこない。たいして長くもない足をさらに短く見せるのに最適な腰パンに、どうせろくに鍛えてもいない体格を補完するためのだぼだぼパーカー。そういう格好をするひとのすべてがそうだなんて決して思わないが、それにしたってガラの悪さを表現するための基本形みたいな姿である。普段目にするのがスタイル抜群なひとたちであるがゆえに、落差が激しい。やっぱり可哀そうになってくる。
「お客様、どうかされましたか?」
正直に言おう、関わりたくなかった。しかし哀しいかな、今のわたしは派遣とはいえこのギアステーションの職員であり、あのひとたちの部下なのである。ここで見て見ぬふりなんてしようものなら、わたしはきっと、二度とあのひとたちに顔向けできなくなるだろう。どう話が転ぶかなんてわからないが、やるしかあるまい。
…まあそれでも、もしこのガキ共がポケモンをモンスターボールから出しているとわかっていれば、話は別だったのだが。
「あ? なんだてめえ」
そう凄みをきかせてくる男の向こう側に、いかにも毒をもってそうな色合いのポケモン、ペンドラーが見えた。うっそーん、女の子ひっかけるためにポケモン使うなんて、いくらなんでも卑怯だわー。そりゃ女の子泣きそうにもなるわー…っていうか、このままだとわたしがやばい。
視線を周囲へ走らせながら、ライブキャスターで連絡をとろうか逡巡する。呼べば誰か来てくれると思って油断したが、ひとりで声をかけたのは間違いだったかもしれない。まあ、いまさら後悔しても遅いけれど。
「いえ、声が響いておりましたので。…なにかトラブルでもございましたか?」
わたし以外の職員が駆けつける可能性があることを暗に示唆すると、男たちの顔色が変わった。この牽制が通用する程度には脳みそもまわるらしい、と男たちへの評価をほんのわずかに引き上げて、わたしは彼らに微笑んだ。こいつらが客だとはもうすでに思っていないが、わざわざ態度まで崩して、挑発する必要もない。
「…道聞いてただけだっつーの、なァ?」
「そーそー。なんか変なとこ迷い込んじゃったもんで」
「そうでしたか、ならばわたしがご案内いたします。…お客様、お急ぎになられるのでしたら、どうぞお先に」
身を小さく縮こまらせて震えていた女の子に、わたしはそう言って微笑みかける。本当ならついていってあげたいところだが、状況的にそれは難しいだろう。あの子だってきっと、ここから一刻も早く立ち去りたいはずだ。
なみだをいっぱいに浮かべたひとみに、わたしはうなずく。少女はくちびるをかたく引き結び、それでも毅然と顔を上げた。脇目も振らず走り出した後ろ姿に、思わず安堵の吐息が漏れる。――とりあえず、お客様の安全は確保できた。
「あーあ、逃げられちまってやんの」
「うっせーな、てめえらが騒ぐからだろーが」
ちげーよ、お前らが馬鹿だからだよ、と言わなかったわたしスゲー。
――なんて意識を飛ばしていても仕方ない、さてここからどうしたものか。わたしを取り囲む彼らは薄汚くにやついていて、何を考えているのか馬鹿らしくなるくらい一目瞭然だ。もうただひたすらにめんどうくさい。こんなことに時間を費やすくらいなら、上司の机の上の書類を整理させてくれ。
「でも、おねーさんよく見るとかわいいじゃん。……ポケモンは、持ってねえんだ?」
腰のベルト周りをするりとなでられて、這いずり回る嫌悪感に息が詰まった。この程度で動揺する自分が悔しくて、わたしは奥歯をかみしめる。怯えた顔なんてぜったいに見せてやるものか。浮かべるのは営業スマイル、ただそれ一択である。
「お客様、どうぞこちらへ。中央改札へご案内いたします」
「まあまあ、そんな急がなくてもいーんじゃん?」
伸びてきた腕を払う。こんなガキ共にどうこうされるほど、落ちぶれちゃいない。
「ステーション内でこのような迷惑行為は困ります。…ジュンサーさんを呼ばれたくなかったら、さっさと歩いてください」
ぐっと息をのんだらしいガキ共の顔を尻目に、わたしは仕事道具を抱えて歩き出す。――どうなることかと思ったが、まあ、なんとかなったかな。あまり褒められたものではない対応だったとは思うものの、幸いここはギアステ縁辺部、わたしが黙っていれば問題ないだろう。
さて次は何を終わらせてしまおうか、そんなことを考え出していたわたしは、ガキ共の顔が屈辱にゆがんだことに気付けなかった。
「まわりこめ、ペンドラー」
目の前に飛び出してきた、鮮やかな赤紫色が特徴的なポケモンに、わたしは動けなくなる。つか、改めて見るとデカいなこいつ。でっぷりとしたお腹に、いかにも眠たそうな半開きの目。なかなか愛らしいといえる姿だが、それはあくまで彼の敵として相対していないときに限った話だ。
「行かせるかよ」
後ろから声がするが、もうそんなことに気を割いている場合じゃない。まずい、まずいまずいまずいまずい!人間が相手ならどうとでもなる、してみせる。そうやってこの10年間、生き馬の目を抜くように生きてきた。けれどポケモンは無理だ。どうしても。わたしには、どうしたって無理なのだ。
こわい。恐怖が体中を這いずり回る。いろんな記憶が、古い映写機から投影された画像のように脳裏に瞬いて、息ができなくなる。目をあわあせちゃだめだ、目を合わせたら、きっと――。
「――――!」
ペンドラーが吠えた。頭を振って低くいななき、どしんどしんと後ろ足がたたらを踏む。頭をもたげた彼のひとみには、燃えるような敵意が閃いている。お前はなんだと問いかける眼光に、わたしは答える言葉を持たない。為す術なくまぶたを閉じた。
「(…ごめんね)」
降り注ぐどくばりの雨。直後、わたしの視界は青い炎に包まれる。
「シャンデラ、もう一度 おにび です!」
そのあとはもう、目まぐるしいばかりだった。
あっという間にペンドラーは降され、その場にくずおれたそのトレーナーとそのゆかいな仲間たちは、引っ立てられるようにしてずるずると駅長室に連れられて行った。彼らを先導する新人鉄道員の手には、ボスから渡されたオノノクスのモンスターボールが握られている。抵抗の余地があるはずもなかった。
ばたばたと駆けつけてくださったクラウドさんによると、あのひとを呼んできてくれたのは被害者たる女の子だったらしい。なるほど道理で、状況に不釣り合いなほど毅然とした表情でうなずき返してくれたわけである。しかもそれで呼んできてくれるのが黒のサブウェイマスターだなんて、状況判断の素晴らしすぎること。まったくや、お前なんかとは比べ物にならん。告げられた言葉に、わたしはすみませんと言うのが精一杯だった。
医務室で顔を合わせた当の彼女は、もう泣いてなどおらず、「間に合ってよかったです」 と微笑まれれば、感謝の言葉を口にするのはむしろわたしの方だ。
「でも、おかげでわたし、初めてノボリさんとお話しできました! ありがとうございました、なんて言われちゃって」
と、照れた表情で語る彼女は、どうやらノーマルシングルに挑戦中の身であるらしい。…あれこれ、わたし要らんことしたんじゃね?なんて考えたら負けだ。あなたならきっと勝てると思います。なんの根拠もないが、万感の思いを込めてそう告げると、彼女は嬉しそうに笑ってくれた。すべての思いが報われた気分だった。
――なんて風に、ここ二時間くらいの状況を走馬灯しているのにはわけがある。
わたしが今立っているのはサブウェイマスターの執務室の前だ。ついさっきノーマルのダブルトレインが発車したはずだから、室内には黒ボスしかいらっしゃらない。らしい。
「――他にもお前さんにはいろいろ言いたいことあるけど、俺からはこんくらいにしといたる」
いやもうだいぶ絞られましたけど。こんくらいで勘弁したる、みたいな、なんですかそれ。
「黒ボスが、お前を執務室でお待ちや。…ま、覚悟していくことやな」
えええええええ。覚悟ってなに、どういうことなの…。
クラウドさん以外にも、がんばれよと言葉をかけられたり、肩を叩かれたり拝まれたりご焼香されたり(シンゲンさんあんにゃろう)、得体の知れない恐怖は大きくなるばかりだ。こういうときばっかりノボリさんはいないんだもんな、とトレイン乗車中の彼を詰ってみるが、いたらいたで面倒かもしれないと思い直した。うん、やっぱいいや、たぶんあのひとめんどうくさい。
「…………」
ノックしようと掲げた手が、いざ扉を叩こうとして止まる。何度目だこれ。さすがに情けな 「スバル、いるのでしたら早く入ってきてくださいまし」 はい、失礼します。
黒ボスは、席について資料に目を通していた。わたしが部屋に入ってきたことはわかっているはずだが、こちらには一瞥もくれない。どこに立ったものか迷い、けれどこうして出入口に突っ立っているのもなあと考え、とりあえず部屋の奥へ進んだ。事務机を間に挟むようにして、黒ボスの前に立つ。
「お呼びですか、ボス」
あ、このひと事務仕事片づけるとき、眼鏡するんだ。
「……怪我は、本当にないのですね」
「はい。ボスとシャンデラのおかげです。ありがとうございました」
「……………」
―――えっ、ここわたしがなんか言葉つなげるとこ? ふっつりと黙り込んでしまった黒ボスを前に、わたしは途方に暮れる。覚悟しろっていうのはもしかして、居たたまれなくなるような沈黙に覚悟しろよってことだったのだろうか、いやまさか。
黒ボスは手元の資料に依然目を落としたままだ。立っているわたしからは幾分斜め下に見下ろす具合になることと、見慣れない眼鏡のせいで、ボスの表情がよくつかめない。もともと無表情であることも考慮に入れれば、わたしにはもうお手上げ状態だ。どう出ても、何を言っても地雷を踏む気がする。せめて一度目が合えば、なにかしらわかると思うんだけど――、そう思ううち、ご自身の目元をボスの手のひらが覆った。外された眼鏡の下から伏し目がちな目元がのぞく。ばさりと乱雑に放られた書類が、机の上を滑った。
「…スバル。わたくしが前、貴女に申し上げたこと、覚えてらっしゃいますか」
「えっ……と、挑戦者の対戦成績でしたら、今まとめているところで、」
「もっと以前の話です」
ぴしゃり、という擬音語が適切だろう。わたし自身、これは違うだろうな、と思いながら言ったことではあったので大して驚きはしないが、それにしたって弾き返し方がガチだ。とりあえず、なにかジョークの類で和ませられるような空気でないことは把握した。
「わたくしは貴女に、あまり無理しすぎず、皆の力を借りるようにと申し上げたはずですが」
「あ、はい。…覚えています」
だって、忘れるはずがない。
名前を含めて挨拶したのは入社時のたった一度。なのに至極当たり前のように名前を呼び、お疲れ様と声をかけてくださったときの、あの鼻がムズムズするような感動を忘れられるはずがない。それにあの日以来味を占めたクラウドさんは、わたしにしょっちゅう書類を預けるようになり、おかげでこの黒ボスとちょこちょこ話ができるようになったのだ。
「――嘘をつくのは、お止めくださいまし」
だから、黒ボスが吐き捨てたセリフに、わたしは言葉を失うしかなかった。いつもと口調は変わらないのに、声音は絶対零度だ。研ぎ澄まされた刃のようなそれに、喉を切り裂かれる思いがする。
「な…ッ、嘘なんかじゃ、」
「では何故! わたくし共に一言、ご連絡くださらなかったのですか!」
叩きつけられた言葉に、あたまが真っ白になった。耳の奥でぐわんぐわんと音がして、脳みそが頭蓋の中でぐらぐら揺れて、まるで本当にぶん殴られたみたいだ。心臓が燃えるように熱くて、全身をめぐる血が沸騰したみたいに痛いのに、指先からするすると体温が逃げていく。
立ち上がり、わたしを見下ろす鉛色のひとみは怒りに燃えていた。眼差しを受けて、喉が焼ける。
「す、すみませ…、」
「形だけの謝罪など、聞きたくありません」
ノボリさんのその言葉を受けてなお、震える口からこぼれるのが謝罪であることに、我ながら情けなくて泣きそうになった。でもそれ以外に何を言えば、どうしたらいいのかわからない。形だけのつもりなんかない、なのにそれをどうやって伝えればいいのかわからない。
ひくり、と喉が震える。体の中心はどろどろに溶けたマグマみたいに熱いのに、風邪を引いた時みたいに悪寒が止まらず、ひどく寒い。口の中で奥歯がガチガチと音を立てる。
「トレーナー相手に、ポケモンを持たない貴女が、太刀打ちできるとでも?」
首を振る。
「いいえ、トレーナーでなくとも、向こうは男三人。万が一、彼らが乱暴な手に出ても、貴女一人で対処できたのですか?」
無理だ。だからこそ、ひとりで声をかけたのは失敗だったかもしれないと思った。でもそう思ったときには既に声をかけてしまった後だったし、あんなことになるなんて思ってもみなかった。このギアステーションにいるのだから、トレーナーかもしれないという意識はあった。けれど、まさかポケモンを出していたなんて知らなかった。あの女の子に実質的な被害が及ぶ前になんとかしなきゃいけないと逸る気持ちもあったし、“ちょっとしたトラブル” 程度できっとなんとかなると思ったのだ。
このくらい、なんとかできて当たり前だと思ったのだ。
「――つまり貴女は、わたくしたちを信用していないのです」
「……っ!」
「信じるに足らないと、頼るのに値しないと、そう判断しておられるのでしょう?」
「ちがっ、ちがいます! ほんとうに、そんなこと、」
「貴女がなさったことは、そういうことなのです」
こどものようにあたまをかかえて、ちがう、そうじゃないと、なきじゃくれればいいのに。
わたしはそれすらできない。喉を震わせて馬鹿みたいにノボリさんを見上げ、鉛色の眼差しに打ち殺される言葉を、それとわかっていながら馬鹿みたいに紡ぐことしか。そのひとみが失望に染め上げられるのを心の底から恐怖しながら、けれどその恐怖に怯えて、目をそらすことも。
「…おそらく貴女のことです、被害に遭われたお客様の身を案じ、一も二もなく飛び出してしまったのだと思います」
ちがう、そうじゃない。
あのときのわたしは、ただあなたたちにみとめられたいだけだった。
これを武勇伝として語って聞かせるつもりはなくても、わたしがわたしとしてこのひとたちの部下であるためには、ひとりで対処できて当然なのだと。このくらいで力を頼って、やっぱり、なんて思われたくなかった。まあしょうがない、なんて思われると想像するだけで、屈辱感で視界がゆがむ気がした。
そんなことを考える人たちじゃないことは、わかっていたはずなのに。
「ですがスバル、どうかひとつだけ、忘れないでくださいまし」
いつの間に机の向こう側から回り込んでいたのだろう。片膝をついてわたしを見上げるノボリさんに、息が止まった。あたまの中がごちゃごちゃでもう何もわからなくて、けれどもし名前を付けるとしたらきっと 恐怖 が一番近い、そんな感情が心臓で爆発して、もう息をするのも苦しくて、わたしはずり下がろうと竦んだ足を動かす。
ノボリさんはわたしの手をつかんだ。両手をそれぞれ捉えられ、おへその前あたりで両手合わせてぎゅっと強く握りこまれる。仕事中、ずっと着けているはずの白手袋はなかった。直に触れたノボリさんの手はすこしごつごつしていて、わたしの手なんかすっぽり包み込まれてしまうほど大きくて、それでいてひどく熱かった。
「わたくし共サブウェイマスターは、このギアステーションを利用される方の安心と安全を、ひいてはその笑顔と日常を守ることこそが、その使命に御座います。…お客様はもちろんですが、」
――火傷するかと、思うくらいに。
「スバル、貴女たち職員も、わたくしたちが守りたいと思うもののひとつであること。…これだけはどうか、心に留めておいてくださいまし」
もうこれ以上は、むりだった。
ウレシイのかコワイのか、カナシイのかクルシイのかイタイのか、何が何だかわからないのにぼろぼろとなみだがこぼれてきて、わたしは今度こそ子どもみたいに泣きじゃくった。考えることより思うことより、何よりも先になみだがあふれて止まらない。感情も理性もあふれるなみだに追いつかなくて、なんだかもうひたすら苦しい。からだのどこで、何がどう爆発したのかがわからず、修復することすらままならない。
その状態で、わたしはノボリさんに喉を震わせ続けた。さっきと同じように跳ね除けられてもいい、でもどうしても伝えたくて、何をどう言葉にすればいいのかわからないまま、何度もしゃくりあげながら言葉を紡ぐ。引きつる喉から漏れるわたしの言葉にならない声に、「わかってくださればいいのです」 と応じたノボリさんは、そのまなじりをそっと細めた。
「わたくしこそ、到着が遅くなって申し訳ありません。…貴女に怪我がなくて、本当によかった」
なんなんだよもー、こいつわざとやってんじゃねえのー! また堰を切ったようにこぼれだすなみだを、わたしは為す術なく滂沱のように流し続けた。だってもうこれなんで泣いてるのか、正直よくわからないもの。なんで泣いてるのかわからないものを、どうやって止めればいいの、止める方法なんてあるの。…つかわたし、今気付いたけど鼻水めっちゃ出てる。ノボリさんの目の前で鼻水めっちゃ出てる! ちょ、マジでか、ティッ……てか手ぇつないだまんまかよおおおお。
あたまの中は割と通常運転なのだが、いかんせんなみだが止まる気配を見せない。事ここまでくると、涙腺だけ別の生き物になって、わたしの意志から離れて勝手に旅に出ていってしまったみたいなきぶ 「ヒクッ」 んだ。……ちょ、ちょっと待てこ 「ヒック」 れ、まさ 「ヒグッ」 ………。
「ああ、ついにしゃっくりまで…。大丈夫でございますか、スバル。苦しくありませんか?」
正直言うとだいぶ苦しいです。馬鹿みたいにぼろぼろ出続けるなみだと、ペース早めなしゃっくりの二重奏だ。ちなみにもう鼻も詰まって使い物にならない。ちょっとこれどこから息吸えばいいの、と混乱しかけたわたしを、そっとたしなめるように響く鼓動にも似たあたたかなリズム。
「落ち着いてくださいまし、スバル。だいじょうぶ、だいじょうぶですから」
ぽん、ぽん、と背中をやさしくノックする手と、静かで穏やかな声音。――もうやだこの天然紳士…!再び込み上げてくるなみだにいよいよ、自分がなぜ泣いているのかという理由を見失う。萌えとともに、体中の水分を目から絞り出そうかとでもしてんのかな、といい加減なことを考えはじめたわたしの目元を、ノボリさんの指がなぞった。
「このように泣かれていては、クダリが戻ってきたときにわたくし、きっとどやされてしまうでしょうね」
「…? な、んで、」
「クダリはたいそう、貴女のことを 「ノーボリー! ただい…ま……」
噂をすれば何とやら、ノックもなく執務室の扉を開け放ったクダリさんは、わたしたちを見て笑顔のまま時を止めた。顔に張り付いた笑みは変わらない、けれど目だけがバスラオのようにぎょろぎょろと動いて、わたしとノボリさんを見比べている。なんかめんどうくさいことになりそうだなあ、と思いながらわたしは鼻をすすり、ノボリさんはいつもの冷静な声で 「入室時にはノックをするようにと、いつも申し上げているでしょう」 とため息をついた。
「スバル!」
ぐんっ、と二の腕をつかまれて体が傾いだ。思わずよろめくわたしを、クダリさんが覗き込んでいる……ちょっ、近いな。近すぎるぞオイ、わたしいま鼻水出てるから本当に勘弁してほしいんですけど。
「どうしたの、どっかいたいの?悲しいの?苦しいの? それともノボリになにかされた?」
「クダリ、人聞きの悪いことを言わないでくださいまし」
「ぼく今スバルに聞いてるの、ノボリはだまってて! ねえスバル、どうして泣いてるの?」
それが分かりゃ苦労はしないんですけどね。そう言いたいのは山々だったが、そんな長台詞をしゃっくりによる中断なしに言えると思えず、わたしはただ、ノボリさんの関与を否定するために首を振る。…まあ厳密に言えば、ノボリさんに泣かされた、ということになるのかもしれないが、ニュアンスが違いすぎる気がする。
「ノボ、り、さん、っわるく、ない、です…っ」
「でも、じゃあなんでスバル泣いてるの? あたまいたい?おなかいたい?」
「わ、っかん、な…」
それだけ言ってうつむくわたしの頭を、クダリさんの手がゆるゆるとなぞる。いつもの、髪をぐしゃぐしゃにかき回すようなそれではなく、たまごから孵ったばかりのポケモンをやさしく慈しむような。無遠慮にのぞきこんでくる鼠色のひとみは、しかし本当に心配そうな色をたたえている。いつもと変わらない弧を描いた口からは、まるで子守唄のように、「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ」 と言葉が紡がれ続けていて、なんなんですかここは天国ですか、と通常運転に戻りつつある思考が羞恥に叫んだ。役得ではあるが、ちょっとばかし走る電車に飛び込みたい気分だ。恥ずかしすぎて死ねる。
「あっ、そうだ!」
心配そうにわたしを覗き込んでいたクダリさんは、そう言うや否やぱっと満面の笑みを浮かべた。その変わり身の早さたるや、アギルダーに勝るとも劣るまい。――この時点ですでに、嫌な予感はしていた。このひとがこういう突拍子もない行動に出るときは大概ろくでもないことを考え付いたときで、その結果ろくなことにならないのだと相場が決まっている。
そしてそういう場合、往々にして、わたしに拒否権は与えられないのだ。
「あのね、なみだの止まるおまじない」
なんのことだ、と眉根を寄せるわたしのまぶたに、マメパトが餌をついばむようなキス。
「………………………」
「………………………」
「……あ、ほんとにとまった!」
よかったー、スバルやっと泣き止んだー!
きゃあきゃあと子どものようにはしゃぐ上司を押しのける。ちょっと待て、なんだ今の。いやいやいやいや、ないないないない。だっておかしいだろ、泣いてる部下を泣き止ませるためにキ……って、おかしい!絶対おかしいよねこれ!ここ仕事場ですけど、仕事中ですけど!?いや、じゃあ仕事場でもなく仕事中でなければいいのかって、そういうわけじゃねえよアホなこと抜かすなボケェ。わたし間違ってない、間違ってないよねこれ!
「……………………」
視線を感じてはっと顔を上げると、その先には黒のサブウェイマスターが突っ立っていた。先ほどまでの無駄に洗練された仕草をうっちゃり、あの、ええと、その、とこぼれる言葉はしどろもどろだ。…制帽をかぶりなおして必死に隠そうとなさっているのかもしれませんけど、耳、真っ赤ですよ。だいばくはつでもされるおつもりですか。
「わ、わたくしは、何も見ておりませんので…っ!」
失礼しますっ、と若干裏返った声を残し、ぴゅーっと逃げ出してしまったノボリさんを呆然と見送り、わたしはため息をつく。とりあえず、「ノボリ、いってらっしゃあい」 と甘えた声を出す白にボディブローを打ち込み、それからクラウドさんに書類を一枚提出しよう。
本日は体調不良により、早退させていただきます。
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