この三日間くらい、ゲームもせず、録りためたアニメを見ることもなく、CSI:NYを見ることもなく、ひたすらサブマスに時間を注いでいます。もう立派な廃人です…なにこれ久しぶりにきたかも、と思いましたが二、三週間前は最遊記にひゃっはー!してたことを書きながら思い出しました。いやでもこんなに一日中ものを書いてるのは久しぶりです。大学三年まではこんなことも全然余裕でやってたのになあ、と思うと、あの頃なぜもっと書いておかなかったのだ、という後悔が半端ない…。友達に「休みの日なにしてんの?」と聞かれて「うーん…パソコン?」みたいな曖昧な返答しかできなくても、妄想してるときが一番楽しくて、書いてるときももちろん楽しいけどしんどさもあったりして、だけどとりあえず一本書きあげたときの達成感みたいのはこれでなかなか病みつきになるものだと思うのです。で、そこに読んでくださった方の評価とかコメントとかが麻薬みたいに作用して、次を考え始めちゃうんですよね。ははっ、何この素晴らしい廃人ループ。走ってる廃人がわらってりゃいいのです。わたしは満面の笑みです。…わたしマゾなのかな…。
まあそんなわけで、「とある派遣の業務日報」三作目です。自分でもびっくりするこのペース!どうした、そんなに好きか。好きです。書くたびに長くなっています。てゆーか天s…クダリさんがやたら書きやすい。前半のノボリさんに力を入れて書くつもりだったのに、ふたを開けたら後半のクダリさんが出張る出張る。…まあこれはたぶん、とある派遣の女性社員がノボリさんよりクダリさんに慣れるのがはやかった、っていうのが一番の原因だと思うのですが。はやくノボリさんと馴染ませたいなあ、ましまし言わせたくてうずうずが止まりません。ノボリさんはいったん自分の懐に引きこんでしまったらすごい過保護になって、それがむしろ厳しさに出るひとだといいなと思う。もちろん厳しくしただけどろどろに甘やかしてくれる感じ。で、その懐に入り込むまでが長いっていうわたしの書くものについて特にありふれたこのパターン。いやーしかし、ノボリさんの性的な感じが自分の文章からは微塵も出なくて口惜しい。あんな着込んでるのに、いや着込んでるからこそ滲みだすあのエロスを書きたいのに…だってピクシブにいらっしゃるノボリさんみんなちょうエロいんだもん!自分の文章力が哀しいです。いやこの場合構成力と言った方が正解なのかもですが。今回書きたかったのはノボリさんの気品とそれに伴うエロス、あとクダリさんの天使っぷりです。天使なクダリさんは割と書けたんじゃないかなあと思ったりもしますが、わたしが動かそうとするまえにクダリさんがそのように動いてくださったので、つまりわたしがどうのというよりクダリさんはまじ天使ってことですね。
[0回]
<6月10日>
鉄道員の朝は早い。
といってもわたしはしがない派遣社員で、もっぱら地下鉄の運行にかかわる通常業務から、バトルサブウェイのトレーナーとしての職務に忙しい、鉄道員の方々の補助がその大きな目的だから、勤務時間に大きな変動はない。早朝および深夜勤務はわたしの能力の割に賃金が高くつく、というのがその原因だとはわかっているが、このギアステーションに骨をうずめるつもりで勤めているわけではないので別に構わない。わたしには、日々のお給金が安定してもらえるのであれば、どこでどんなふうに働くかは二の次の問題なのである。
唯一厄介だなあと思うとすれば、朝出社して、正直あたまはまだ半分くらいしか正常に機能していないのに、早番だった上司のギアはすでにトップスピードに達していて、いろいろとついていけないと思うときだろうか。話のペースも速ければテンションも無駄に高い。「いやお前、ここはツッコむとこやろ!」 とかノリノリで言われても、「はあ…そらすんません」 と応えるしかない。返事しただけ褒めてくれてもいいと思う。
「(昨日仕事進まなかったからなー…今日それ終わらせるのと、シングルトレインのバトルデータ整理して…)」
昨日は本当に散々だった。泣き喚く迷子の相手をするのも大概つらかったが、それからのヨーテリー捜索では制服は汚れるし頭は打つし、やろうと思っていたことは全然予定通りに進まないし、まったくもって散々な一日だった。…でも、電波越しにあれだけ怒鳴り声をあげていた上司にはあまり怒られず、まあその点に関しては喜ぶべきなのかもしれないが。
『お前もいろいろがんばってくれたって聞いてるから、今回はチャラにしたる。…けど次からは、ちゃんと連絡よこすこと。ええな?』
“がんばってくれたって聞いてる”。――誰に。まさかあの迷子の子どもではあるまい。
お礼に行くべき、なのだろうか。更衣室のロッカーを足で閉めながら、わたしは溜め息をついた。別に、上司に口添えしてくれるように頼んだ覚えなんかない。あくまで、あの白のボスが勝手に判断して、そのように取り計らってくれただけなのだから、ここでわたしがしゃしゃり出るのはおかしい気がする。
けれど、もしあそこにいたのが白ボスでなかったらわたしはきっと、休憩終了の時間に間に合わなかった理由をこってりと絞られていたに違いなかった。というか、泣き喚く迷子を前に途方に暮れるしかなかっただろう。せめてその点においてだけでも、一言お礼を言っておくべきか。
「(……でもなあ、あのひと何考えてんのか分からなすぎて、会うのちょっとやなんだよなあ)」
頭をなでられるなんて何年ぶりだろう、ぱっと思い浮かばないくらい遠い昔のことのような気がする。中学、いや小学校高学年の時点でそんな扱いからは卒業していたはずだ。
見上げた白ボスのにこにこ顔が脳裏に浮かぶ。――わからん。行動理由が意味不明すぎて、なんかもういっそのこと怖い。正確な年齢など知る由もないが、黒ボスと双子であることを鑑みればそこそこいい歳いっているはずで、まあ年下に頭なでられるよりはマシだが、じゃあ年上ならいいのかと言えばそういう問題でもない。大体、肉体的な年齢は年上でも、精神的には年下のような感じがする。腹立たしいわけではないが、「え、なんで?」 感が強すぎて受け入れられそうにない。
「(…廊下とかで会ったら挨拶するくらいでいいや。わざわざ探すのもめんどうくさいし)」
うん、そうだそうしよう。
今後の方針が決まったところで、わたしは更衣室を後にする。さて、今日の業務はなんざんしょ――つーか背中かゆっ。制服であるジャケットの下に手をまわし、ボリボリ背中を掻きむしりながら歩いていたわたしは、背後から聞こえた挨拶に、そのままの格好で振り返り、
「お、はよう、ございます…」
―――壮絶に後悔した。
振り向いた先に立っていたのは、トレードマークのコートに身を包んだ黒のボス。制帽の影からのぞく灰空の瞳はいかにも硬質な雰囲気をまとい、後ろ手に腕を組んだ立ち姿は凛々しさにあふれている。コツコツと音を鳴らす黒の革靴は一点の汚れもなく磨きあげられていて、その隙のなさと言ったら黒ボス手持ちのシャンデラさながらである。片やわたしといえばジャケットの下から腕をまわして、なんだこれ酔っ払いのサラリーマンか状態だ。タイミングの悪さ以外の、なにを呪えと。
そろりそろりと腕を引き、乱れた制服を整えている間に歩みを進めた黒ボスは、わたしの前で足をとめた。てっきり移動中にたまたま遭遇して、律義に挨拶をしていただいたものと思っていただけに、とんでもない緊張感がわたしを襲う。えっ、わたし何かしたっけ、なんか怒られるようなことした? …怒られること前提である自分自身の思考回路が、我ながら哀しい。
「スバル、昨日は大変ありがとうございました」
「……えっ、」
まったく身に覚えがない。迷子の保護をしただけで(しかも正確には、保護したのはわたしではない)、サブウェイマスターから感謝を述べられていたら、直属の上司であるクラウドさんは、もうとっくにわたしの目の前で額を地面にこすりつけていること請け合いだ。
わたしの混乱が目に見えて明らかだったのだろう、黒ボスはわずかに首を傾けると、ほんのすこし目元をくつろげた。途端、わたしの肩からすうと力が抜けて、無駄な緊張感が四散する。…すごい威力である。もしこのひとがほほ笑みなんぞ浮かべでもしたら、わたしはブルンゲルのような軟体になってしまうに違いない。
「クダリにジュースを買ってくださったでしょう?」
――…ああ、そういえばそんなことも。そのほかの出来事が印象的すぎて、完全に頭から抜け落ちていた。
「代金をお返しせねばと思い、声を掛けさせていただいた次第に御座います」
「えっ、い、いいですよそんなの!大丈夫です!」
「しかし、クダリから話を聞いた限り、無理やりお願いしたも同然…。どうか、お返しさせてくださいまし」
「いやいやいやいや、ほんと、大丈夫なのでっ」
あたまと両手を勢いよく左右に振り回しつつ、からだは一歩後退する。黒ボスの言葉通り、昨日のあれはほとんど無理やりみたいなものだったが、迷子の保護という点においてわたしはむしろ、白ボスに借りができたとすら思っている。ジュース一本でなにが返せるわけでもないが、ジュースの一本くらいくれてやることに抵抗はない。
けれど、目の前のそのひとはわたしの言葉を受けて、困ったように眉根を寄せた。険しい表情ではあるものの、威圧感はない。ひとつひとつの表情の変化は至極僅かなものだが、元が無表情であるだけ、わずかな変化が劇的に作用するらしい。首をわずかに傾けるしぐさが、なぜかこちらの罪悪感をあおるようで、わたしは思わず目を伏せた。
「…わたしがジュースを差し上げたのは白ボスです。いくらご兄弟と言えど、黒ボスから代金をいただくなんて、とてもできません」
「スバル、そうは仰いますが、」
「それに、昨日白ボスに助けていただいたのはわたしの方です。ジュースの一本くらい、おごらせてください」
もうこれで折れてくれ、頼む。藁にもすがる思いでわたしは黒ボスを見上げる。このひとをこれ以上困らせたくないと思った。困らせるつもりなんて、髪の毛の一本ほどだってなかったのに。こんなことなら、白ボスにジュースなんてくれてやるんじゃなかったとすら思うが、それももう遅い。後悔先に立たず、わたしは無意識のうちにうなだれてしまう。
少しの沈黙。やがて黒ボスは、静かに口を開いた。
「…貴女がそう仰るのであれば、わたくしからはもう何も言うことは御座いません」
ふわり、と。
「ですから今度は、わたくしから貴女に缶コーヒーをおごらせてくださいまし」
あたまに触れたやわらかな熱に、わたしの思考回路はショートした。
はっと気がついたときには革靴の足音は小さくなっていた。わたしは大慌てで遠ざかる背中に深々と頭を下げ、衝動のまま口を開く。
「あ…っ、ありがとうございました!」
………いや、なんだこれ、このタイミングで “ありがとうございました” はおかしくね? ほとんど直角に腰を折り曲げた状態で、わたしの思考は奈落にはまる。だって今ここで黒ボスに述べたお礼(過去形)の意味は、
・わたしなんかに声をかけてくださってあざーっした!
・あ、あたまなでてくださってあざーっした!
とかいう感じになるのではないか。だって過去形だもの。まだ缶コーヒーおごっていただいたわけじゃないもの。…気持ちわるっ、なにこれわたし気持ち悪い!特に後者!
あああ穴があったら入りたい、というか今なら、人間の身でありながら あなをほる を覚えられるんじゃないだろうか。掘ったら最後、もう二度と出てくるつもりはないが。…そういえば、革靴の底がリノリウムの床をコツコツと鳴らす音が聞こえない。わたしの胸中といったら、動揺と羞恥と混乱と矜持とが上を下への大騒ぎだが、このままこの沈黙のなか頭を下げ続けているのも苦痛極まりなく、わたしは恐る恐る顔を上げて黒ボスの様子をうかがう。
そのひとは案の定、驚いたように目を丸くしていた。これはこれでレアだな、とは思うものの、こんな形でその表情を拝みたくはなかった。ドン引きされてたらどうしよう。いやもうどうしようもないけど。…呆れられる、のは、きついなあ。
黒ボスは、白手袋につつまれた手でご自身の制帽に触れた。左手に制帽をつかんだまま、それを胸に抱くようにしてこちらを振り返る。つられて、コートの裾がふわりと舞った。優美に、かつ端正に。ボスの灰色のひとみがわたしを捉える。彼はそのまま流麗な仕草で、軽く会釈するように腰を折り、
「――…ねえ、ねえってば!」
「はいっ? 今呼びました?」
「今っていうか、さっきからぼくずっとスバルのこと呼んでる」
「あー…すみません」
ぜったい笑ってた。あのときあのひと、ぜったい、ほんの少しだけど笑ってた。…と思う。たぶん。
また顔にじわじわ熱が集まってくるような気がして、わたしは首を振る。まあでもこのひとたち、きれいな顔立ちしてるもんなあ。背も高いしスラッと手足も長くてスタイルいいし、そりゃまかり間違って、うっかり照れちゃったりすることもあり得ますわな。うん。
わたしの無遠慮、かつ胡乱な視線を受け止めた白のサブウェイマスターは、不思議そうな表情を隠さず、けれどおどおどした笑顔のままコテンと首をかしげた。口には出さないまでも、色素の薄い、あのひとと同じ色の瞳が 「なになに?どうしたの?」 と雄弁に語りかけてくる。ご主人の号令を待つバチュルみたいだな、と思ったが普通に喜ばれそうなので言わない。
「さっきからスバル、ぼーっとしてる。どうしたの?」
「休憩時間くらい、ぼーっとさせてくださいよ…」
なんでまたいるの。
休憩室の扉を開けて、こちらに向かって満面の笑みで手を振ってくる白いかたまりを見つけ、一歩も踏み入ることなく扉を閉めたわたしの反応が、何か間違っていたとは今でも思わない。そのまま踵を返して立ち去ろうとするわたしの腕を捕まえた白ボスは、いつものにこにこ顔で、けれど有無を言わせない強い力でぐいぐい腕を引っ張り、もうめんどうくさくなって意志も抵抗もいっしょくたに丸めて投げ捨てたわたしをどかりと隣に座らせた。
「それで、スバルはどれがいーい?」
「…なに、が、ですか」
警戒心をあらわにそう言うと、白ボスは子どものようにぷくりとむくれた。
「もーっ、ぼくの話ほんとにぜんぜん聞いてない!」
「す、すみません。ちょっと考え事してて、」
「…まあいいけど! ね、ジュースなににする?やっぱりコーヒー?」
目を丸くするわたしを正面から見下ろす白ボスは本当にどこまでも楽しげで、気付いた時には 「あ、じゃあコーヒーで」 と応えてしまっていた。
わかったー!と自販機に駆け寄るその背中を、わたしは為すすべもなく見つめる。
「んー…カフェオレ?」
「いえ、できればブラックで」
馬鹿かわたしは…! 返事したあとで襲いかかってくる、いたたまれなさの攻撃力が異常だ。これ以上その攻撃を受けてなるものかと、わたしはポケットに入っているはずの小銭をあさる。白ボスがどういうつもりなのか、もう本当に皆目見当がつかないが、ここは流されるわけにいかない。今朝黒ボスにあれだけ啖呵切ったこともある。
「はい!」
「…ありがとうございます」
「どーいたしまして?」
缶コーヒーをわたしに差し出した白ボスが、満足そうに笑った。
「それ、ノボリといっしょ!」
「…黒ボスも、ブラックコーヒー飲まれるんですか」
「うん。ぼくそれ苦手、すっごく苦い!」
「ああ、白ボスはミルクも砂糖も入れたのが好きそうですよね」
「んー…、でも、ミルクだけ入れたのも好き」
「へえ、そうなんですか」
なんか意外ですね。わたしがそう言うと、白ボスはまたにこりと笑った。そのまま無言でプルトップをあけ、ごくごくとジュース(今日はりんごだ)をのどに流し込む横顔をぼんやり見つめながら、今のはもしかして失礼だったかもしれない、という考えに思い至る。「子どもっぽいのに」 みたいな意味合いに受け取られかねない気がする。…まあ、こんなことでいちいち目くじら立てるようなひとじゃないとも思うし、子どもっぽいと思ったのも事実なので、訂正はしにくいのだが。
受け取った缶コーヒーをあけることもなく、じっと動かずにいるわたしを訝ったらしい。ぱちりぱちりとまばたきを二回。コテンと首をかしげた白ボスが、「どうしたの?」 とわたしの思考をのぞきこむように視線を合せてきた。わたしはポケットから引き抜いた手を突き出す。
「…………」
「? けんか?」
目の前に掲げられたわたしのこぶしを見つめて、何を思ったのか、白ボスは自身のこぶしをわたしのそれにこつりと当ててきた。なぜそうなる。
「違いますよ。お金です、コーヒーの」
「……なあんだ。じゃあいらない」
なんだ、ってなんだ。けんかだったらやったのか。
「そういうわけにはいかないです。受け取ってください」
「やだ」
「や、やだ?」
「やだ! だって、今日はぼくがスバルにかってあげる日だもん!」
「そんなの誰が決めたんですか…。いいから受け取ってください」
「いーやー!」
「いーやー!じゃなくて、」
「だってノボリと決めたんだもん、ちゃんとお金かえすって! スバルにちゃんと、ありがとうって言うって!」
告げられたセリフに、わたしは二の句が継げなくなった。
なんだそれ、そんなの知るかよ。てか、あんたにありがとうなんて言われる筋合いない。だって、昨日ほんとうに助けてもらったのは――。
言いたかった言葉が四散して、言いたい言葉が爆発して、けれどわななくくちびるから言葉が出ない。胸のおくで感情がぎゅっとつぶれる。のどを声が逆流して、動揺で視界が塗りつぶされる。くるしい。ことばが、ことばで、のどがつまる。
「…な、んで、あんたがそれを言うんですか……」
「? スバル、いまなにか言った?」
「……ありがとう、は、こっちのセリフです」
きょとん、と白ボスが目をまるくした。驚いている顔もそっくりだな、と一瞬考え、けれどそのまま見上げ続けるのはどうがんばってもできそうになくて、わたしは自分の手元に視線を落とす。手のひらの中で、体温がうつってしまったぬるい硬貨をぎゅうと握りこむ。
「ボスに手助けいただかなかったら、わたし、きっと、なにもできなかったと思います。クラウドさんにだって、もっと怒られたはず。だから、わたしの方こそ、…っありがとう、ございました」
「……スバル、なにかカンチガイしてる」
唐突に届いた静かな声音に、わたしはそろりと目を上げる。
ボスはやっぱり笑っていた。口の端を持ち上げ、目元をたゆませて。色素の薄いひとみから注がれるまなざしは、しかし仄かなあたたかさをはらんでいて、まるで、聞き分けのないポケモンになにかを言い含めているかのようだった。もう、しょうがないなあ、とでも言いたげに。
ぽすん、とボスの手がわたしのあたまに触れる。
「あのとき、ぼくはぼくにできることをしただけ。べつに、スバルを助けるつもりなんて全然なかった」
「…でも、結果的にわたしはボスに助けられました」
「うん、でもそれ、結果論。代わりにスバル、ヨーテリーさがしに行ってくれた。ぼくにはそれムリ。チャレンジャーいつ来るかわかんない」
「……でも、見つけたのわたしじゃない…」
「もーっ、それも結果論!スバルがそっちのほう探してくれたから、他のひとがそっちに行かなくてすんで、だから他のひとがヨーテリー見つけられたの!」
わっしゃわっしゃとボスの両手がわたしのあたまをかき混ぜる。その動きにつられて足元がぐらぐら揺れた。ぐらぐら、がらがら、ぐるぐる。世界がゆらぎ、足場が崩れそうになる。
更にうつむくわたしの頬を、白手袋につつまれた手が容赦なく挟み込んだ。おい、これじゃわたしムンクみたいになってるんじゃねえんですか、と思ったとたん、無理やり顔を上げさせられた。グキッと首の骨がいやな音を立てて軋む。ちょっ、ばか、いってえ!
「だから、ね? ぼくからもありがとう!すっごく感謝してる!」
………………。
………………………………。
「ぶふっ」
「…ひょっほひふへいなんらないんれすか」
正確に言うと、ムンクではない。マッギョだ。口がマッギョで顔の中心部はアンパンマン、それでいて輪郭はムンク。…笑うなと言う方が無理だとは思うが、そんな顔にしてくれやがった張本人に目の前で噴き出されると、さすがに腹立たしい。気恥ずかしさ、も、ある。
けれど白ボスがあんまりおかしそうにおなかを抱えて笑うから、どうでもよくなってしまった。目の端になみだすら浮かべて、自分で自分の頬をむぎゅっと挟み込み、「ねえ、スバル見て!」 なんておどけてみせるから尚のこと。結局ふたりしてげらげら笑いころげ、笑いすぎて痛むおなかを抱えて、息も絶え絶えに互いを見かわす。
「ああもう、ボスってば笑わせないでくださいよ」
「ええー? だってスバル、笑ってるほうがかわいいもん」
――まったく、油断も隙もねえ。
わたしは開けずにいた缶コーヒーのプルトップを引いた。右手でがっしり缶をつかみ、左手を腰に当てる。ななめ上45度を見上げ、肺の中にあった空気を全部押し出すいきおいで息を吐き、せーの、と自分の中で号令をかけ、一気にコーヒーを流し込む。ゴッゴッと自分の喉がなる音。小さく拍手しながら、キラキラした目でこちらを見上げる白ボスを尻目に、わたしはコーヒーを飲み干した。こみあげてくるゲップは、ボスの手前、というか他人の目の手前、無理やり飲み込む。
「ボス、わたしと賭けをしませんか」
「賭け?」
「はい。これが上手いことくず入れに入ったら、わたしのお願いをひとつ聞いてください」
そう言いながら手の中の空き缶を示すと、束の間、白ボスの表情から笑みが消えた。首をかしげてわたしを覗き込むひとみには、わたしの意図や真意を読み取ろうとする冷静さが閃いている。――…ああ、このひとも確かに、このバトルサブウェイに君臨する王のひとりなのだと。そう理解すると同時に、背筋が震えた。ぴんと張り詰めた、まるでぎりぎりまで膨らませた風船のような緊張感があたりを包み、わたしはその慣れない空気に身を縮ませる。
「――いいよ?」
そう言って、白ボスはその白皙ににっこりと笑みを戻した。けれど、ほっと息をつく私を見透かすかのように、ただし、と言葉を続ける。
「ぼくのが入ったら、スバルがぼくのおねがい聞いて?」
「…ボスのお願い、ですか?」
そのときのわたしは、たいそう胡乱な眼をしていたことだろう。無意識のうちに、白ボスの声音に潜んだ不穏な気配を嗅ぎ分けていたのかもしれなかった。…まあ、嗅ぎ分けたところで敵うわけも、ほんの少しだって自分が有利になるような機転を働かせられるはずもない。にこにこと笑みを浮かべる白ボスを、わたしはマヌケ面でただ見返す。
「そう。ぼくのが入ったら、スバルはぼくのこと、クダリって呼んでね」
「――――…はあ?」
「うん、いい返事! じゃあいっくよー! せーのっ」
「え、うわっ、ちょっと待っ…」
カコン、と甲高い音を立てて空き缶が床を転がった。
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