最遊記現代パロ?みたいの、「つづくよ!」とは書きましたがこんな長くなるとは思いませんでした。見切り発車にもほどがある。職場への通勤中やトイレ、昼休みなどちょこちょこした時間を見つけてはスマホに記録してみたらこんなことになり、一番びっくりしているのは私だったりしますし、誰が待ってるとも思いがたいですが、書いちゃったんで放出します。さらにこの続編みたいのも未送信メールとして書き始めてたりしてもう私何がしたいのやら…。いやもう最遊記熱が冷めやらない。我慢できなくて外伝OVA全三巻買っちゃったっていうね、どーせ密林に頼むならっつって中古品ではありますが画集も二冊買っちゃって、最遊人(ガイドブックみたいなのらしい)も買っちゃうっていうね、だからこの春にはヴィータたんとP4Gとペルソナミュージックライブで金使うってのにほんと何やってんだ最遊記リロードをそろえ始めたほんの2週間ぐらいの間に、余裕で二万は飛びました。三蔵が好き過ぎてガンダムWエンドレスワルツも見直しちゃうしね(さすがにレンタル)、我ながらほんと節操がない。もちろんデュオが好きです。あとゼクス。
でも今週はTOV連載に関していろいろ嬉しい出来事があったので、そっちも意識しています。トロイメライは私にとって異色のものになりそうなので、これからがしんどいところなのですが。きちんと構想組みあげて、緻密に書いていければなあと。ずっと考えてきたことについて私自身ちょっと自信が持てなかったんですが、最遊記外伝を読んで、やっぱりこれでいいかな、こういうのもありかな、と思えたので。わたしにうまく表現できるかはわかりませんが。
○拍手レス○
未央さんへ
>
はじめまして、拍手コメントありがとうございます。拙宅のTOV連載について、あたたかなご感想と応援の言葉をいただき、本当にうれしかったです。自分でも書いていてもどかしくなるところが多々あるトロイメライですが、「失くしたものを取り戻すレイヴンの物語」という位置づけでこの先も綴っていければと思っています。一緒に見守っていただければ、幸いです。
それからリンクに関してですが、もちろん問題ありません、ありがとうございます!おっさん語りできる方と知りあえるのは願ってもない機会です、広げましょうおっさんスキーの輪! //
[2回]
ちなみに先日分もついでにのっけました。
数日前、被写体の一人にこう言われた。
「なんかさっ、結月の撮った三蔵はトクベツだよな!」
よく、意味がわからなかった。
私は彼らの専属カメラマンという立場にいるから、目の前の彼を含めて、その姿を山のようにフィルムに収めてきた。四人それぞれが整った顔立ちをしているだけに、一人で撮ることだって珍しくない。纏う雰囲気すら違う彼らだから、それを生かそうとすれば構図にだって気をつかう。
でもそれは四人全員に当てはまることであって、誰か一人にだけ適用される事実ではない。
大体、わたしだってカメラで生活を立てている人間の端くれだ。このひとには特に力を入れる、このひとなら別にいいや。そんな甘っちょろい考えで仕事をしているわけではない。・・まあ、彼がそういうことを言いたくて、私にこんな話をしてきたわけではないことは、薄々わかっているのだけれど。
「あっ、いや、結月がどーのっていうんじゃなくて!」
私の表情から察したのか、彼は慌てたように顔の前で両手を振った。なんつーんだろ・・、と難しい顔をしながら言葉を探す。真夏に咲き誇るひまわりのような、大輪の笑顔が似合う彼だが、こういう表情も悪くない。後々の参考にするために、私は心にメモをする。
「・・たぶん、三蔵が違うんだと思う」
よくわかんねーけど、結月の撮る三蔵は、結月の撮る写真の中にしかいねーんだ。
「――とまぁ、こんなことがあったわけですよ」
眼前に広げられた新聞がばさりと音を立てる。私はなにも、こんな楽屋の一室まで新聞に話をしに来たわけではない。わけではないが、紙をめくる音がやまない様子から察するに、その向こう側の人物はこちらの話を聞くつもりは更々ないらしい。
私は脱力してローテーブルにべたりとうつ伏せ、記事の一面を見上げた。ああそういえば、今日の天声人語まだ読んでなかったなあ。ひんやりと冷たいテーブルが、頬に心地よい。
「……で?」
「うん?」
「それで一体何が言いたいんだ、てめェは」
前言撤回。意外にちゃんと聞いていてくれたらしい。相変わらず、姿は新聞の向こう側だが。
「…いや、特に何が言いたいわけでも、」
「はっ倒すぞ」
表情は見えないが、おそらく額に青筋でも浮かべ、眉間に深いしわを刻んで、ただでさえ鋭い眼光をさらに研ぎ澄ましているに違いない。見えないので怖くはないが、そういう顔はできればカメラの前でだけにしてもらいたいなあと結月は思う。フィルムに収めさえすればたちどころに価値が生まれるのだ、垂れ流しは勿体ない。
「いやあ、悟空の言ってくれたことは素直に嬉しいんですよ」
同じ被写体を前に、同じ衣装を着せ、同じ構図でシャッターを押したとしても、私にしか捉えられない画がある。しかもその被写体が、ドラマに映画に雑誌のモデルにと引っ張りだこの、たとえ携帯電話に付属されたカメラにさえ一分の隙もなく写る美丈夫――玄奘三蔵なのだとしたら。
私にとって、それ以上の褒め言葉はないだろう。私が撮ることで、“玄奘三蔵” に何がしかの価値を付与することができるなんて!
「…でもなんかこう、実感がないというか」
「………」
「私の技術が、悟空の評価たらしめてるとは、どうしても思えないんですよ…」
曲がりなりにも、この道で食っているのだ。自身の技術がどの程度のもので、それが周囲にどのように評価されているか、推し量れないほど馬鹿じゃない。私はたまたま、一癖も二癖もある彼らと、どういうわけだか波長を合わせることができたから、このポジション――彼らの専属カメラマンというポジションにいられるだけで、特別何かに秀でているわけではないのだ。もちろん、特に劣っている部分があると思うほど自分を卑下してもいないし、それだけの自負もあるけれど。
「…ハッ、てめェで言ってりゃ世話ねェな」
鼻で嗤いながら、三蔵が吐き捨てる。同時にばさりと音がして、結月はテーブルの木目をなぞっていた視線をあげた。乱雑に畳んだ新聞を片手に、深い紫暗の瞳がこちらを睥睨している。
「……うるせーですよ…」
口の中でもぞりと呟くと、追い立てるような鋭い視線から逃げるように、私は今度こそテーブルにうつ伏せた。額をごりごり押しつけて、鈍い痛みと冷たさに唸る。冷ややかな視線が後頭部に突き刺さり、イメージ的にはすでに頭部のみハリセンボンかヤマアラシな気分だが、今更なのでどうということはない。というか、三蔵に対してうるせーなどと発言し、ハリセンの洗礼を浴びなかっただけ僥倖である。
「――…教えてやろうか」
「はい?」
「俺が、お前の撮るモンにだけ “特別” に写るワケを」
…よく、意味がわからなかった。
この言い分だと、三蔵は、私の撮った画に写る自分を、他とは違う――特別なものなのだと、理解しているようではないか。……三蔵が? この、神に愛され、魅入られたとしか思えない容貌をしておきながら、周囲が騒ぎたてるほどには自身のそれに大した感慨も覚えていなければ、頓着もしていないこの男が? 撮った当人たる私が気付かないのに、撮られた側である三蔵が、“特別” に写っている自覚があるとでも?
「……お前今、ロクでもねェこと考えてただろ」
「そんな滅相もない。普段ロクにチェックもしてないくせに、大口叩くなぁなんて思ってないですよ」
今度こそハリセンが来るかと身構えるも、目前の彼が動く気配はない。珍しいこともあるものだ、今夜は槍でも降るかもしれない。いつ振り下ろされてもおかしくない衝撃に耐えるべく、わずかに首をすくめて私は顔をあげた。
そして、思わず息をのむ。
眩いばかりの金糸の髪、その隙間からのぞく紫暗に湛えられた渇望の色。端正な容貌をゆがめる渋面は、口いっぱいの苦虫を一時に噛み潰したかのようで、眉間に刻まれた皺の深さと言ったらマリアナ海溝もかくやという具合だ。なにかから耐えるように、厚いくちびるがぐっと引き結ばれている。
…そーゆー顔は、レンズの向こう側でしてほしいんですけど。
その一言がどうしてだか口にできず、私は金魚のようにぱくぱくと口をわななかせただけだった。袋小路に追い込まれた気になって視線をそらそうとするも、強い紫暗がそれを許してくれない。注がれる眼差しで、息がとまりそうだ。
「…三蔵、あの、どうしたんですか。トイレなら我慢しないで行ってきてくださ」
「――――…るからだ」
「はい?」
「俺がお前に惚れてるからだ、っつったんだ」
「―――――――…はィ?」
おい今コイツなんつった。
「…聞こえてねェなら何度でも言ってやる。俺はおま、」
「二度も三度も言わなくていいですバカですか、あなたバカなんですか!」
思わず手が出た。伸びた右手が三蔵の口をふさぐ。
「ここはあなたの楽屋ですけど、だからって他に誰が聞いていないとも限らないんです! あなたや私は冗談のつもりでも、冗談で済ませてくれない人間だっているかもしれないのに、ほんと何ふざけたこと抜かしてくれてんですか! 大体ああいうのは、あなたみたいな人が言っていい冗談じゃ、」
言いながら、見る見るうちに紫暗の瞳が眇められ、三蔵の不機嫌が露わになっていく。それは重々承知していたが、私は言葉を止めるつもりはなかったし、止めることもできなかった。
カメラの前に立つ人間、しかもよりによって私のレンズに写る人間が、シャッターを切る私に向かってなにをほざいている。悪ふざけも大概にしろ。それに大体、なんだあの不貞腐れたガキみたいな言動は。普段のキャラじゃないにも程がある! ……いや、天上天下唯我独尊を地で行く、不遜極まりない我儘な言動の数々は、これまでにも嫌というほど目にしてきたけれど、
「――…っ!」
「…冗談じゃねェ」
三蔵の口を押さえていた右手はあっけなく捻り上げられる。掴まれた手首がぎしぎし軋んで、私はいっそ大袈裟なくらい痛い痛いと喚くけれど、三蔵の力は一向に緩められる気配がない。流石に言いすぎただろうか、でももしこれが痣にでもなったりしたら後でたかろう。
「冗談なんかじゃねェよ」
いやいやいやいや、痛いってほんと痛いって! これでカメラ支えられなくなったりしたら、この男、どう責任を取ってくれるつもりだろう。もしそうなったら、慰謝料を請求するだけじゃ済ますまい。叙々苑おごらせて、嫌がらせに悟空も連れて行ってくれよう。明細を見て飛び上がればいい。
「ンなつもりで、こんなこと言えるか…っ」
明細を見て、額に青筋浮かべた三蔵を指差して私たちは笑うのだ。即座に振り下ろされるであろうハリセンの衝撃に涙を浮かべ、不平不満をぶちまけて、げらげら笑いながら明日に向かって歩き出すのだ。私は彼らの生き様をレンズを通してフィルムに記録し、その背中をぴょこぴょこ追いかけていく、そんな――。
「失礼します――…っとすみません、お取り込み中でしたか」
静かなノックの音に続いて、扉から姿をのぞかせたのは八戒だった。穏やかな翡翠の瞳が、興味深そうに私と三蔵を見比べている。ぼんやりと八戒を見上げる私の視界の端で、三蔵が小さく吐息を吐いた。ぱっと腕の拘束が解かれ、今の今まで私の腕を捉まえていた手が当たり前のように煙草に伸びる。
「…なんでもない。どうかしたのか」
「いえ、そろそろスタジオの準備が終わるそうですので、一声かけておこうかと」
「フン……行くぞ」
立ちあがった三蔵が、私の横を通り過ぎて扉へ向かう。通り過ぎざまに一瞬香った煙草のにおいで、ようやく我に返った。私はただ、このドラマ撮影のあとに控えている番宣ポスター撮影の打ち合わせのために、三蔵の楽屋を訪れただけだったのに。仕事のはなしなんて、何一つできなかった。悟空との話をしたのだって、いつものご機嫌伺いというか、近況報告みたいなものだったのに。
―――まったく本当に、冗談じゃない。
「三蔵」
「…あ?」
八戒と連れだって歩く三蔵の名を呼ぶと、案の定不機嫌を隠そうともしない彼が、それでも足を止めて肩越しにこちらを振り返った。その紫暗の眼光はいつも以上に荒んでいて、今日の撮影が難航するであろうことを如実にあらわしている。この様子じゃ、写真撮影の時間も押すことになるのだろう。ドラマ撮影のスタッフのみなさん、そして数時間後の自分よ、スマン。
「ひとつ提案なんですけど、いいです?」
「………」
「さっきの貌、後でもっかいカメラの前でしてくれません? すごくいい表情だったから」
「…ッ、てめェ…!」
「んじゃ、また後ほどー」
ざっけんなてめェ、殺されてェか! 三蔵の怒鳴り声を背中に、私はすたこらさっさとその場から逃走した。返す返す、数時間後の自分よ、ごめん。今日はきっと仕事にならない。
「ちーっす三蔵、今日もまた……いーい感じに不機嫌オーラ爆発させてンなァ」
三蔵の機嫌を逆なでする悟浄の軽口は、いつものことだ。普段なら、その堪忍袋の緒の小ささを如何なく発揮し、悟浄の軽口を言い値買い上げ、やがてどこからか持ち出したハリセンで空を切る三蔵だが、今日はすでに堪忍袋ごとどこぞで爆発させてきたらしい。じろりと悟浄を睨みつける眼光は作品中さながら、いやむしろそれより鋭利なそれで、さすがの悟浄も表情を引きつらせる。――オイオイ勘弁してくれよ、今日は仕事終わりで予定があるってのに。時間通りに上がるなんて、そんな淡い期待すら抱けそうにない。
「駄目ですよ、悟浄。あんまりからかわないでください」
「珍しいな八戒。お前が三蔵かばうなんて」
「…いや、あれはさすがに、同情せざるを得ないですって」
「誰が同情してくれなんざ頼んだッ!」
スタジオ中に響き渡る一喝。シン、と水を打ったように静まり返る中、誰もが今日の残業を理解したことだろう。三蔵は鋭い舌打ちをひとつ残し、不機嫌をまき散らしながら歩き去っていく。
「……で、どしたの、アレ」
「いえ、僕も詳しいことはわからないんですけど、」
そう前置きして八戒の口から語られた内容から察するに、三蔵の堪忍袋を木端微塵にするに十分だったろう。悟浄は法衣をまとった白い後ろ姿に向かって、そっと合掌する。願わくは、再び生まれ来る彼の堪忍袋が、以前より少しだけ大きなものであらんことを。
「結月相手じゃ、苦労するわなー」
一世一代の(あの三蔵のことだ、何がしかの言葉を伝えるのに、どれだけのプライドを打ち破らねばならなかったことだろう)告白を指して、カメラの前でもう一度やれなんて、言ってることがまったくえげつない。どこまでいっても自分たちはレンズを挟んだ向こう側にしかいないのだと、宣言しているようなものではないか。
「ですよねぇ。三蔵も、なんでわざわざそこを狙うんだか…」
「…だから、じゃねェの?」
「…だから、ですかねぇ?」
うわッ、三蔵いきなり何すんだよッ! 俺なんもしてねーじゃんか!
うるせぇッ、それもこれも、お前が余計なこと抜かすからじゃねェか!
スタジオの奥から響く悟空の悲鳴と三蔵の怒声、それに炸裂するハリセンの衝撃音に悟浄と八戒は顔を見合わせる。やれやれ、仕方ありませんねえ、と呟いた八戒の背中を見送って、悟浄は携帯を取り出した。
――とりあえず、今日の予定はキャンセルだ。
「普段通りだな」
「普段通りですねぇ」
「普段通りだ」
色違いの三対の視線が見詰める先で、彼らはまったく普段通りの 彼ら だった。響くシャッターの音と、結月の指示。フィルムに三蔵の姿が次々と焼きつけられていく。
撮影中、三蔵はほとんど喋らない。悟空や悟浄は撮影に関することから昨日の夕飯のメニュー、ドラマ撮影時の裏話に街で見かけた女の子の話と、他愛もないことを結月と喋りながらやることが多いのだが、それとは対照的に、三蔵はほとんど結月と口を利かない。
別にそれは、悟空や悟浄が撮影に集中していないとか、三蔵と結月の仲が口もきかないほど険悪だとかそういうわけではない。ただそれが、各々にとって一番自然だったからこうなっただけで、特別効率のいい形があるわけでもないのだと、結月本人に聞いたことがある。
でも、やっぱり三蔵はトクベツなのだと、悟空は思う。
三蔵は、結月がどう動いてほしいと思っているのかわかってるみたいに、結月の指示が飛ぶ前に動く。結月も、そんな三蔵をわかってるみたいに、必要最低限の言葉だけを投げかけて、三蔵の一瞬を切り取っていく。あうんの呼吸?、というやつだと前に八戒が言っていた。
結月は自分たちの専属カメラマンだけれど、いつもレンズの向こうに結月がいるわけじゃない。そういうとき、三蔵は不機嫌そうな顔で相手の指示を待っていて(ちょくちょく舌打ちで指示を反古にしてもいる)、作りモノみたいな顔をして写っている。綺麗だけれど、ありきたり。そんな気がする。
結月がレンズの向こうにいるときにだけ見せる顔が三蔵にはあって、その三蔵の一瞬を結月は絶対逃がさない。
そうやって切り取られた三蔵が悟空は好きだ。自分が見知っている三蔵と、一番近い気がする。…見ていると、なんだかむず痒くなってくるような気もするけれど。
「――それで、そうやって無かったことにでもするつもりか、てめェは」
唐突に、三蔵が唸るように吐き捨てた。背筋がピンと伸びるような、心地よい緊張に満ちていた空気を切り裂く声。鋭い紫暗の眼光が見据える先は、レンズの向こうの結月ただ一人だ。決して、三蔵の姿を求める大衆ではない。
何のことだと首をひねる周囲のスタッフのなかで(それでも “触らぬ神にたたりなし” とでも言うのだろうか、言葉を挟む輩がいないあたり、ここのスタッフは優秀である)、悟空たちはひっそりと耳をそばだてた。割とデリケートなはずの話を、わざわざ衆人環視の中で振る三蔵には、もうちょっとやりようがあったのではないかと呆れを禁じ得ない悟浄だが、周囲のスタッフと同じように 「何のこっちゃ」 と言わんばかりの表情で首をかしげている結月も、大概ヒドイものだと悟空は断じる。結局、どっちもどっちなんですよねぇ、あの二人は、と八戒は笑った。
「? なんのこと?」
「とぼけんじゃねェ。てめェはほんの数時間前のことも忘れるほど、耄碌してんのか」
「…ああ、ドラマの撮影が押しに押して、ひたすら待ちぼうけをくらってた、あの数時間前のことですか?」
「くっ……、」
おお、結月のリターンエースだ。思わず感嘆が悟空の口からこぼれて、途端に飛んでくる鋭い眼光。目は口ほどになんとやら、黙ってろとも殺すぞとも失せろとも言いたげな視線が、悟空の口を縫い合わせる。
「なかったことにしてあげようとしたのは、むしろ気を遣ったつもりだったんだけど」
「ハッ、そりゃあまた、心遣い痛み入るな。…余計なお世話だ、クソ野郎」
それ以外の時間は違うにせよ、撮影中はほとんど口を利かない二人が、積極的に言葉を交わしていることも周囲の関心を集めるが、なにせ語られている内容が妙な具合に意味深だ。よもや、を疑りたくなるというか――まあ実際、その「よもや」で正解なのだが、当事者はあの玄奘三蔵であり、この結月である。まわりの人間は、狐につままれたような、半信半疑の顔つきで二人の会話を見守っていた。
他人の注意、関心、視線を集めることに、三蔵は慣れている。生まれてこのかた、あの頭をのっけているのだから当然だ(幼少のころの三蔵は、天使と見まがうほどの美少年だったそうだ。もっとも、その眼光と性格の鋭利さから、堕天使呼ばわりされていたらしいが)。その上彼の尊大な性格は、周囲の人間から向けられる好奇心など、まるで無かったものとして振る舞い、黙殺し、必要とあらばその存在すら視界から抹消することをも可能にした。
けれどその点、結月は違う。彼女の手から生まれた作品が注目されることはあっても、結月自身が興味関心の的にされることは少ないし、十人中十人が振り返りかねない、三蔵のような容姿をしているわけでもない。だから、必要以上の視線を集めれば緊張だってするし、居住まいの悪さに身も縮む。実際、自身に注目が集まっているのを察知したのか、結月は居心地悪そうに眉根を寄せた。
「――…じゃあなに、あの時の貌、今ここでしてくれるとでも?」
「…ッ、ふざけたこと抜かしてンじゃ、」
「ふざけてなんかない」
叩きつけるような声だった。知らぬ間にファインダーから目をあげていた結月が、まっすぐに三蔵を見上げている。
「あなたはそっちで、私はこっち。申し訳ないけど、私はあなたを同じ側で捉えることはできない」
淡々と、ただ事実だけを告げる結月の言葉。その口からこぼれ落ちた小さなため息に、三蔵の肩がわずかに跳ねたのを悟空は見た。
そのまましばらく、二人は睨みあっていた。状況が状況なら、見つめ合っていた、と表現しても間違いなさそうなところだが、彼らは正確に「睨みあって」いた。三蔵の背後には牙をむいた虎が、結月の背後にはとぐろを巻いた龍が、今にも相手方に掴みかからんと互いを威嚇し合っている。なんなのもう、なんでこいつらこーなんの、と悟浄の口元が引きつる。
やがて、先に折れたのは三蔵だった。人ひとりくらい容易に殺せそうなほど鋭い舌打ちを残し、無言でその場を後にする。バタンとスタジオの扉が閉まる重い音で、ようやく我に返ったスタッフ数名が慌てたようにその背中を追いかけていった。
居たたまれない、妙な静けさの中心で、結月は天井を仰いでため息をついていた。彼女の一挙手一投足に遠巻きな視線が集束している。そのうち 「あーもー、めんどくさいなあ」 とでも言いだすんじゃなかろうかと、八戒は冷や冷やしながら結月を見守っていたが、流石の彼女もこの注目のなかで不用心なセリフを吐くのには躊躇いを覚えたらしい。絶妙なバランス感覚である。発動が若干遅くはあるが。
「三蔵サマが拗ねたんで一旦休憩いれまーす。再開は一応10分後ということで」
「よォ、また随分派手にやらかしたじゃねーの」
煙草に火をつけながらそう声をかけた悟浄に、三蔵は鋭い一瞥をくれた。またうぜェ奴がきた、とでも言いたげな苦々しい顔で白煙を吐く。
「前々から思ってたけどよ、お前ってほんと、我慢とか辛抱とかってできねぇタチなのな」
「…ハッ、てめェにだけは言われたくねェセリフだな。このエロ河童」
「いやいや、俺はあんな大観衆の中で女口説くよーな、余裕のないマネはしねェよ」
「……ッ!」
瞬間、三蔵の右手が悟浄の胸倉を掴みあげた。この程度のこと、ドラマ中でもそれ以外でも日常茶飯事だから、悟浄にとっては何と言うことはない。コイツ相手にいちいちビビったり、ともすれば苛立ちを覚える方が情けないとすら思う。だが。
「…後ろのコたちがビビってんだろーが。手ェ離せよ、このクソ坊主」
三蔵の視線が悟浄から逸れた。コイツのことだ、きっと言われるまで本当に追いかけてきたスタッフたちの存在に気付いていなかったに違いない。舌打ちと共に乱雑に手が離れ、ようやく悟浄は解放される。そして、オロオロしながら事の次第を見守っていたスタッフに、コイツのことなら気にしなくていーから、とかなんとか適当なことを告げ、Uターンさせた。これ以上、わざわざ話題を提供してやる義理もない。この生臭坊主のことはスキャンダルにでもなんでもなればいいと思うが、そこに結月を巻き込むのは酷だ。
「もーちょっと辛抱して、次の打ち合わせの時に話するとかできなかったのかよ? あんな他人の目があるとこでやられたら、逃げ場がねーじゃねェか」
「…だからだ」
「あ?」
「ああでもしねェとあの馬鹿は、どうせまたはぐらかすだろうが」
そう吐き捨てた三蔵の横顔はひどく苦々しいもので、眇められた瞳が苛立ちと後悔に揺れている気がした。流石の三蔵でも、あれだけ明確に拒絶されたのは堪えたらしい。どうせ衆目の前で拒まれた程度で傷つくような、安っぽいプライドなど持ち合わせてはいないだろうが、ああせざるを得なかったほど本気だったのかと思うと、いささか感慨深くすらある。…いや、その一世一代を冗談交じりにはぐらかされたのが奴のプライドをいたく傷付け、それが衆人環視の中での強請りという手段に走らせた可能性も少なくないが。
「で? これからお前、どーするつもりよ?」
「…仕事フケるわけにもいかねェだろうが」
妙なところで律儀な男である。
「バァーカ、結月のことに決まってンだろ」
おそらく、「バァーカ」の一言がそのただでさえ麗しくない機嫌を逆撫でしたのだろう。苛立ちをあらわに表情をゆがめた三蔵だったが、やがて面倒くさくなったのか、罵詈雑言を吐くことなく煙草をくちびるに添えた。吐きだされる白煙の七割は、おそらくため息だったことだろう。
「…さぁな。なるようにしかならん」
「ま、そりゃそーだ」
なんせ相手はあの結月だしなァ、と言うを胸にとどめたのは、悟浄のなけなしの同じょ…優しさである。
「戻るぞ。…どうせあの馬鹿は、休憩時間とでも称してンだろうからな」
「ご明察」
「普通だな」
「普通ですね」
「普通だ」
色違いの三対の視線が見守るその先で、彼らはまったくいつも通りだった。ほんの数十分前のゴタゴタがまるで嘘のようである。当事者二人があまりに普通だから、むしろまわりのスタッフの狼狽のほうが際立ってすらいる。
さっきのあれはもしかして、下世話な好奇心が見せた夢や幻だったのだろうかと、周囲の人間が訝しく思い始めたころだった。
「自分がすっとぼけてりゃなかったことになるんじゃねェかとか、都合のいいこと考えてンじゃねェだろうな」
あ、やっぱり夢じゃなかった。スタジオ中の人間の目配せで、空気が揺れた。
「え、違うんですか」
東京タワーってあれですか。いえ、あれはスカイツリーですけど。――そんな会話の延長線上にありそうな、なんとも気の抜けた結月のセリフ。もう少しこう、雰囲気とか色気とか、そういうのがあってしかるべきだろう・・!という周囲の人間の忸怩たる思いは、悲しいかな当事者二人には伝わらない。
「――なかったことになんざ、してやらねェよ」
そう言って、三蔵は笑った。
眇めた目の端でレンズの向こうのただ一人をひたりと見据え、くちびるをわずかに吊り上げて、ひどく獰猛に。それはさながら、百獣の王が逃げ回るトムソンガゼルに狙いを定めたかのようで、自分以外がその獲物に爪なぞ立てようものなら、割って入った簒奪者の喉笛を噛みちぎるのも厭わなければ、獲物が自分の縄張りから離れようとするのも許さないという、明確な意志の滲んだ壮絶な笑みだった。
直後、シャッター音が響く。
「ああ三蔵、今の貌よかったです」
…まあこのトムソンガゼル、逃げ回る俊足もさることながら、後ろ脚でのキックもかなり強烈なのだが。
呆れ顔をもう隠そうともしない衆目の中で、当事者二人が結局誰より一番に平常を取り戻す。もはやその光景は、中学高校の昼休みのような気安さに満ちていて(飛び出す単語はやたら物騒だが)、とてもじゃないがハタチをとうに超えた男女のやり取りではない。付き合ってられるか、と声高に唾棄したかったのは、決して悟浄だけではあるまい。
「オイてめェ、今の番宣に回したら殺すぞ」
「なんでですか、すごくいい表情でしたよ? 殺してやる感にあふれてて」
「ふざけんな、さっさとデータ消しやがれ!」
「いやそう言われましても、どの画にするか最終的に決めるのはスポンサーさんですので、私からはいかんともしがたいです」
「だから見せる前に消せっつってんだろーが、いいからカメラ寄越しやがれッ」
「わッ、ちょっ、何するんですかこの変態!」
「…ほォ、貴様よほど殺されたいらしいな……」
「いや、今のは言葉のあやというか、ついうっかり…」
「そんだけ軽口叩けるんだ、覚悟はできてンだろうな…?」
「通報しますよ」
苛立ちに青筋を浮かべながら、しかしどこか愉快そうにも見える三蔵を、悟空は不思議そうに眺めた。三蔵は気付かなかったのかな、と胸の内に呟く。まあ、普段の結月ならきっとそんな失敗はしないだろうし、三蔵がそう誤解するのもしょうがないのかもしれないけれど――…
「なあ八戒、さっきのってさ…、」
見上げた先で、八戒が人差し指を唇に添えて微笑んだ。
「僕らは三蔵のせいでこんなに待たされてるんです。・・これ以上、いい気分にさせてやるのは、不公平な気がしません?」
なるほど確かにその通りだ。だから悟空は口をつぐむ。三蔵にとって、いい報せになるであろう事実を。
だってたぶん結月は、あの一瞬を切り取り損ねているから。
…それが動揺のせいなのか、三蔵への遠慮からなのかは、わからないけれど。
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