空前の最遊記ブーム到来により三蔵短編。三蔵たちが人気のドラマ「最遊記」で三蔵一行を演じている、という現代パラレル設定で、ヒロイン(デフォルト名:結月(ゆづき))は三蔵一行の専属カメラマン。役名も本名?も三蔵そのままだったりしますが細かいことは言いっこなしということでおひとつ…。
数日前、被写体の一人にこう言われた。
「なんかさっ、結月の撮った三蔵はトクベツだよな!」
よく、意味がわからなかった。
私は彼らの専属カメラマンという立場にいるから、目の前の彼を含めて、その姿を山のようにフィルムに収めてきた。四人それぞれが整った顔立ちをしているだけに、一人で撮ることだって珍しくない。纏う雰囲気すら違う彼らだから、それを生かそうとすれば構図にだって気をつかう。
でもそれは四人全員に当てはまることであって、誰か一人にだけ適用される事実ではない。
大体、わたしだってカメラで生活を立てている人間の端くれだ。このひとには特に力を入れる、このひとなら別にいいや。そんな甘っちょろい考えで仕事をしているわけではない。・・まあ、彼がそういうことを言いたくて、私にこんな話をしてきたわけではないことは、薄々わかっているのだけれど。
「あっ、いや、結月がどーのっていうんじゃなくて!」
私の表情から察したのか、彼は慌てたように顔の前で両手を振った。なんつーんだろ・・、と難しい顔をしながら言葉を探す。真夏に咲き誇るひまわりのような、大輪の笑顔が似合う彼だが、こういう表情も悪くない。後々の参考にするために、私は心にメモをする。
「・・たぶん、三蔵が違うんだと思う」
よくわかんねーけど、結月の撮る三蔵は、結月の撮る写真の中にしかいねーんだ。
「――とまぁ、こんなことがあったわけですよ」
眼前に広げられた新聞がばさりと音を立てる。私はなにも、こんな楽屋の一室まで新聞に話をしに来たわけではない。わけではないが、紙をめくる音がやまない様子から察するに、その向こう側の人物はこちらの話を聞くつもりは更々ないらしい。
私は脱力してローテーブルにべたりとうつ伏せ、記事の一面を見上げた。ああそういえば、今日の天声人語まだ読んでなかったなあ。ひんやりと冷たいテーブルが、頬に心地よい。
「・・・・・・・・・・・・で?」
「うん?」
「それで一体何が言いたいんだ、てめェは」
前言撤回。意外にちゃんと聞いていてくれたらしい。相変わらず、姿は新聞の向こう側だが。
「・・・・・いや、特に何が言いたいわけでも、」
「はっ倒すぞ」
表情は見えないが、おそらく額に青筋でも浮かべ、眉間に深いしわを刻んで、ただでさえ鋭い眼光をさらに研ぎ澄ましているに違いない。見えないので怖くはないが、そういう顔はできればカメラの前でだけにしてもらいたいなあと結月は思う。フィルムに収めさえすればたちどころに価値が生まれるのだ、垂れ流しは勿体ない。
「いやあ、悟空の言ってくれたことは素直に嬉しいんですよ」
同じ被写体を前に、同じ衣装を着せ、同じ構図でシャッターを押したとしても、私にしか捉えられない画がある。しかもその被写体が、ドラマに映画に雑誌のモデルにと引っ張りだこの、たとえ携帯電話に付属されたカメラにさえ一分の隙もなく写る美丈夫――玄奘三蔵なのだとしたら。
私にとって、それ以上の褒め言葉はないだろう。私が撮ることで、“玄奘三蔵” に何がしかの価値を付与することができるなんて!
「・・でもなんかこう、実感がないというか」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「私の技術が、悟空の評価たらしめてるとは、どうしても思えないんですよ・・」
曲がりなりにも、この道で食っているのだ。自身の技術がどの程度のもので、それが周囲にどのように評価されているか、推し量れないほど馬鹿じゃない。私はたまたま、一癖も二癖もある彼らと、どういうわけだか波長を合わせることができたから、このポジション――彼らの専属カメラマンというポジションにいられるだけで、特別何かに秀でているわけではないのだ。もちろん、特に劣っている部分があると思うほど自分を卑下してもいないし、それだけの自負もあるけれど。
「・・ハッ、てめェで言ってりゃ世話ねェな」
鼻で嗤いながら、三蔵が吐き捨てる。同時にばさりと音がして、結月はテーブルの木目をなぞっていた視線をあげた。乱雑に畳んだ新聞を片手に、深い紫暗の瞳がこちらを睥睨している。
「・・・・うるせーですよ・・」
口の中でもぞりと呟くと、追い立てるような鋭い視線から逃げるように、私は今度こそテーブルにうつ伏せた。額をごりごり押しつけて、鈍い痛みと冷たさに唸る。冷ややかな視線が後頭部に突き刺さり、イメージ的にはすでに頭部のみハリセンボンかヤマアラシな気分だが、今更なのでどうということはない。というか、三蔵に対してうるせーなどと発言し、ハリセンの洗礼を浴びなかっただけ僥倖である。
「――・・教えてやろうか」
「はい?」
「俺が、お前の撮るモンにだけ “特別” に写るワケを」
・・よく、意味がわからなかった。
この言い分だと、三蔵は、私の撮った画に写る自分を、他とは違う――特別なものなのだと、理解しているようではないか。・・・・・・・三蔵が? この、神に愛され、魅入られたとしか思えない容貌をしておきながら、周囲が騒ぎたてるほどには自身のそれに大した感慨も覚えていなければ、頓着もしていないこの男が? 撮った当人たる私が気付かないのに、撮られた側である三蔵が、“特別” に写っている自覚があるとでも?
「・・・・・・・・お前今、ロクでもねェこと考えてただろ」
「そんな滅相もない。普段ロクにチェックもしてないくせに、大口叩くなぁなんて思ってないですよ」
今度こそハリセンが来るかと身構えるも、目前の彼が動く気配はない。珍しいこともあるものだ、今夜は槍でも降るかもしれない。いつ振り下ろされてもおかしくない衝撃に耐えるべく、わずかに首をすくめて私は顔をあげた。
そして、思わず息をのむ。
眩いばかりの金糸の髪、その隙間からのぞく紫暗に湛えられた渇望の色。端正な容貌をゆがめる渋面は、口いっぱいの苦虫を一時に噛み潰したかのようで、眉間に刻まれた皺の深さと言ったらマリアナ海溝もかくやという具合だ。なにかから耐えるように、厚いくちびるがぐっと引き結ばれている。
そーゆー顔は、レンズの向こう側でしてほしいんですけど。
その一言がどうしてだか口にできず、私は金魚のようにぱくぱくと口をわななかせただけだった。苦し紛れに名前を呼んでようやく、視線が外される。
「・・三蔵、あの、どうしたんですか。トイレなら我慢しないで行ってきてくださ」
「――――・・てるからだ」
「はい?」
「俺がお前に惚れてるからだ、っつったんだ」
つづくよ!
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