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東雲の旅

管理人の徒然日記  ~日常のアレコレから制作裏話まで~

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「僕の彼女を紹介します」


1:
高校二年の夏、生まれて初めての彼女ができた。
去年同じクラスだった女の子、神崎しおり。ちなみに今は別のクラス。好きな教科は英語で、嫌いなのは数学。部活はソフトテニス。クラスの女子のなかでは、目立つようなタイプでも地味なタイプでもない、普通な感じ。甘いものに目がないが、生クリームよりあんこが好きな、太陽の似合う女の子だ。
一学期の修了式の日、いつものように友達と帰ろうとするしおりを捉まえて、人のいない空っぽの教室で好きだと告げた。その日はまったく嫌になるほどの晴天だった。鎌首をもたげるようにむくむくと大きくなる入道雲。夏の太陽がひどく凶悪なツラをして、教室内で二人、向き合って立ち竦んでいる自分たちを覗きこんでいた。蝉の声がうるさい。校庭から聞こえる野球部の声と、校舎のどこからか聞こえるチューニングの音。
静かだった。まるで世界から、俺としおり以外の人間がパッと蒸発してしまったのかと思うほど、静かで、穏やかだった。しおりはこの教室に入ってからずっと、落ち着きなく右手で左手の親指をなでていて、俺はその白い指をじっと見ている。
不意に、静寂を割って遠くの廊下から近づいてくる足音が聞こえた。
徐々に大きくなるその音に、俺はひどく動揺した。だって考えてもみろ、高校生活はまだあと半分もあるのだ。今ここでフラれたとして、それをどうしてわざわざ他人に周知させる必要がある? だって考えても見ろ、高校生活はまだ半分もあるのだ! これがダメでも、俺はきっと、いや絶対に恋をする。わざわざフラれたなんて情報、垂れ流しにする必要はないはずだ。
「わたし、は」
しおりが口を開いたのは、俺がここから逃げ出そうとするのとほとんど同時だった。
のどから絞り出したかのように紡がれる声が、まるで電流のように体中を駆け巡る。自分より背の高い相手を見上げるとき、わずかに首をかしげるのはしおりの癖で、しおりはその、個人的にグッとくる仕草で俺を見上げた。肩口で切りそろえられたチョコレート色の髪がふわりと揺れる。たべたい、とおもった。
「……わたし、も」
楠野くんが、好きです。
直後、校庭に面した教室の窓を開け放ち、よっしゃああああああっ!と叫んだ俺に罪はない。

その数日後、執り行われたのがしおりとの初デートである。
話題のハリウッド映画を見に行くことは、メールで相談して決めた。そのあとどうするかは決めていなかった。デートのプランニングを任されたというよりは、二人で遊びに行くのに必要な理由というものを、とりあえず見繕ったら満足してしまったという方が正しい。
だってそうだろう、人生初のデートだ。
だから、俺はもちろん映画の内容なんてこれっぽっちも覚えていない。映画の最中は、となりから聞こえるしおりの静かな息づかいが気になってしょうがなかったし、暗闇にまぎれて肩を預けてきたりしたらどうしようとか、手をつなぐチャンスがくるんじゃないかとか、そんなことばかり考えていた。
そしてもちろん、俺の妄想は実現などしなかった。しおりは途中からぐすぐすと鼻をすするほど映画に集中していたから、クライマックスでは背もたれからわずかに背を浮かしてスクリーンに見入っていたし、その両手は膝の上の荷物に終始行儀よく添えられて、とてもじゃないが手を伸ばせるような雰囲気じゃなかった。
神崎、肘掛けはな、肘をつくから、腕を置くからそういう名前がついたんだぞ、きっと。
それすら言えない俺は、下端がわずかにまるく欠けたスクリーンを睨みつける。前列に座ってるやつ、でかすぎんだよちくしょう。
映画を見た後は、興奮冷めやらぬ様子で感想を語るしおりと昼食にし、友達への誕生日プレゼントを見たいのだという彼女に付き合ってショッピングに興じることにした。
昼飯は高校生らしくファストフードだ。俺がチキンフィレオとチーズバーガーを二つ食べ終わる間に、しおりは慎ましやかにてりやきバーガーを一つ食べ終えた。満足そうにアイスティーを飲むしおり然り、クラスの女子たち然り、どうやって彼女たちはあの冗談のような量の弁当で午後を乗り切るのだろう。
しおりは例の、首をわずかに傾げる仕草で俺を見上げて言った。
「だってほら、おやつ食べるから」
にこにこ笑うしおりが、どこからか取り出したポッキーをつまんで差し出す。なんとなく釈然としなくて、周囲にさっと視線を走らせた俺は、そのポッキーにがぶりと噛みついた。夏の熱気で溶けかけたチョコがくちびるの上でぬるりと滑る。しおりはびっくりしたような顔で二、三度まばたきをして、それから照れたように笑った。キスしてェなあ、と喉の渇きを感じるように思った。しおりだから思ったのか、それとも女だから思ったのか、俺には正直よくわからない。思春期の男なんて、そんなもんだ。
そう、思春期の、しかも初彼女で初デートな男が考えることなんて、どいつもこいつもそんなに違っちゃいない。
ロフトでいろんなものをしおりと一緒に見て回りながら、俺はひそかに決意を固めた。
今日いきなり押し倒せる、とは思っていない。……いえ、チャンスがあるなら挑ませていただきますが。全力で。
だから出来ることなら、キスまでは、したい。手をつないで帰ったりなんかして、しおりをちゃんと送り届けて、そして最後にそのくちびるに触れたい。そうしたら、この喉の渇きは癒えるだろうか。きっともっと渇くだろうなあ、と俺はほとんど確信している。
夕暮れの住宅街を、しおりと歩いた。
行き交う人はゼロではないにせよひどくまばらで、軒先から聞こえる話し声やテレビの音をBGMに、俺はしおりと歩く。ぽつりぽつりと会話を交わした。けれどそれもあまり長く続かず、結局二人して黙々と夕焼けの道を歩いた。
俺は基本的に落ち着きのない性分だし、静かにしていられない性質だから、こうして黙り込んでいても息苦しくないというのは、割と貴重な体験だった。もちろん、固めた決意が頭の中をぐるぐるして、この後の段取りを妄想するのに忙しく、無駄口を叩いている余裕がなかったというのもある。俺は残念なことに、二つ以上のことを同時にできるほど器用ではない。
けれど、それだけではないという妙な自信もあった。
深紅のカーテンをはためかせた空の下、少し手を伸ばせば触れられる場所にしおりがいて、同じ速度で歩いていて、俺はしおりを好きだなあと思うことができて、しおりも俺が好きなんだよなあと思うことが許されている。
奇跡のような “今” に、俺も、そしてしおりも、ひどく満足している。そんな確信があった。
だから、そんな奇跡をひとつひとつ積み重ねていく必要があると思うんだ。俺はごくりと唾を飲む。右手の汗を服にこすりつけて拭う。横目でちらりと目標を見定める。白く細い左手。
俺の指がしおりの手の甲をかすめる。
「っ! ごめん! 違うんだ、べ、別に手ェつなぎたいなとかそんなん思ってたわけじゃなくて、」
しおりはわずかに首をかしげて慌てふためく俺を見上げ、笑った。「うん、だよね」

「なあ亮介、どういう意味だと思う?」
「だから知らねぇって言ってんだろ、何度言わせんだお前」
折角の夏休みだというのに、教室は大勢の生徒たちでにぎわっている。夏季補講なんて面倒くさいだけだったが、今年はそう悪くない。そう思っていたはずの俺はしかし、友人の前で重苦しいため息をついている。
机に肘をつきながら至極面倒くさそうにのたまった亮介は、咥えたスナック菓子をじゃこじゃこ噛みつぶして言った。塩気の付いた指先を最後になめるのは亮介の昔からの癖で、俺はその癖が嫌いじゃない。亮介の指は、男の俺から見てもきれいだ。こいつはずるい。
「つってもお前、キスはできたんだろ? ならメデタシメデタシじゃねーか」
「や、それは確かによかったんだけど……気持ちも、よかったんだけど」
「感想まで聞いてねーよバカ」
「なんで手ぇつなぐのはだめだったんだろう……」
興味無さそうな態度で、亮介が答える。「おまえの勘違いとかだろ。あんま気にすんな」
亮介の言葉にうなずきながら、それでも俺は確信している。
しおりは確かに、俺と手をつなぐことを拒絶した。
最初の一回失敗したからといって、そこでめげるような俺ではない。それから何度か挑戦した。最終的にはこちらも最早ただの意地になり、掻っ攫うようにしおりの左手に挑んだが、それでもダメだった。するりするりと水が流れるように俺の右手の猛攻をかわすしおりは、百戦錬磨の志士もかくやという見事な逃げっぷりで、俺はへこむより先に感嘆してしまったほどである。
「おい、楠野」
机に突っ伏し、両腕にため息をしみこませていた俺は、亮介の呼びかけに顔を上げる。奴の視線の先にいるのは、クラスの入り口付近でにこにこ笑うしおりの姿だった。こっちに向かって小さく手なんて振っちゃってまあ、俺のこのだらしなく緩む口元をどうしてくれる。
「わりーな、亮介」
「さっさと行ってこい、バーカ」
亮介の蹴りをふくらはぎに受け、わずかによろつきながらそれでも俺は笑顔でしおりの元へ歩き出す。
細っこい首を少しだけ傾け、一生懸命に俺を見上げるしおりを見ていると、別にいいかという気になってくる。俺はしおりが好きで、しおりも俺が好きなら、それでもう十分なのではないか。……いや、することはしたいけど。
手をつなぐのを拒絶されたからといってなんだ。亮介の言うとおり俺の勘違いなのかもしれないし、手をつなぐ以外にも距離を縮めるやり方はいろいろある。物事をあまり深く考えないのは俺の長所だ。
たくさんの奇跡を積み重ねて、ゆっくり大人になろう。一段一段、いっしょに登ろう。俺がしおりを好きで、しおりも俺が好きな限り。
だから、
「神崎、よかったら今日一緒に帰らねえ?」
「楠野くん、よかったら今日一緒に帰らない?」


僕の彼女を紹介します。
01:手をつなぐのが嫌いです。

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