麦わら海賊団の船長、モンキー・D・ルフィにはやっかいな悪癖がある。
一味で航海士を務めるナミは、まったく嫌になるほどいい笑顔の彼が、片手に携えた それ を目に頭を抱えた。“偉大なる航路”を航行中、遭遇した海賊船。戦闘に突入したまではいい。もっと言うなら、主戦場を敵船としサニー号に被害が及ばなかったのも万々歳だ。だがしかしナミには納得も理解もできない――敵船に遭遇し、勝利したはずの船長がなぜ、宝箱のひとつも抱えていないのか。ロクでもない予感しかしない。
「・・・・・・・・・ねえ、ルフィ?」
「なんだ?」
「あいつらのお宝は、ちゃんと頂いてきた・・のよ、ね?」
ああ、あれか! ルフィはことさら自慢げに、手にしたもの――ひどく頑丈そうな、黒い鉄格子をはめた鳥籠を掲げて見せた。
「代わりにこれ、もらってきた!」
鳥籠の中にいたのは、インコや九官鳥の類ではない。・・・・それは紛れもなく、人の形をしていた。
もちろん鳥籠は通常の、ナミやロビンが片手に抱えられるサイズのものだ。ということはつまり、その鳥籠に囚われているもののサイズが、常識からぶっ飛んでいるのである。他のクルーと同様、ぎょっとしつつも鳥籠を覗きこまずにはいられないあたりナミも好奇心旺盛な海賊の一人なわけだが、ドキドキしながら視線を注いだ鳥籠の中、うつ伏せになっているその姿に思わず眉根を寄せる。
手のひらサイズのそれは、まるでマッチ棒のような手足に、背中から生える蜻蛉のような羽に、多数の傷を負っていた。小さな体はこれだけの騒ぎの中にあって、ピクリとも動かない。その痛々しい姿にクルーたちは息をのみ、船医たるチョッパーが叫んだ。「い、医者ぁあああ!」「おめェだろっ!」
「・・おそらく、妖精じゃないかしら」
ロビンが語って聞かせたのは、“偉大なる航路” のとある島に住む妖精族の噂である。成人しても手のひらサイズまでしか成長せず、淡く光を屈折させる羽で宙を舞う彼らは、見た目通りひどく脆い。その見かけの珍妙さ、絶対的な数の希少さ、また、『飼育』 の難しさから、高値で取引される妖精族。どうやらルフィが敵船から持って帰ってきたのは、その妖精族の、しかも “子ども” であるらしい。
「妖精族自体とても希少なのに・・。無理やり攫われたんだと考えて、間違いないと思うわ」
「・・・・ひどい」
ぐったりと倒れ伏しているその姿は、翼をもがれた小鳥を彷彿とさせた。これから売り飛ばしに行く最中だったのか、それとも買収したあとだったのか。戦闘にこそ参加しなかったが、これならいっそ、雷でも落として海に沈めてやればよかったとナミは奥歯を噛む。
「おいルフィ、とりあえずンなとこ出してやれ。鍵持ってんだろ?」
「ああ、そうだな。・・よ、っと」
サンジの言葉にうなずいたルフィが、乱暴に鳥籠の鍵を開ける。
「ルフィ、そっと持てよ、そっと!」
「わァってるって!」
その気軽極まりない返事が余計不安をあおるのだが、ナミたちギャラリーの思いをルフィが汲みとるわけもない。その手のひらが、妖精の小さな体を掴んだときだった。―――妖精のまぶたが、ふるりと震える。
『――――!』
「お、目が覚めたのか!」
妖精は驚愕に目を丸くし、声にならない叫び声をあげた。無理もない、気を失っている間に自分の周りを取り囲んでいる人間の顔ぶれがまったく違っているのだ。もう少し配慮というか気遣いというか、そういうものを期待しても罰はあたらないんじゃないかとナミは思うのだが、それができるような人間じゃないことは百も承知である。けれど同時に、ルフィがむやみやたらに人を傷つけることなどないと知っているから、ナミはいつでもその後ろ頭にチョップを決められる位置に立つ。・・これはあれだ、何かあった時の保険だ、保険。
「おれはルフィ。お前、名前なんてェんだ?」
「だめよルフィ。妖精は言葉を話せない」
ナミには、ロビンがどこか、苦しそうな表情を浮かべたように見えた。気遣わしげに眉根をわずかに寄せたそれには見覚えがないわけではない。ルフィもロビンの態度になにか感じ取ったのか、首をかしげ、大人しく口を閉ざして言葉の続きを待っている。
「・・いえ、私たちが彼らの声を聞き取ることができない、と言った方が正しいかもしれない」
「“声” を?」
「ええ。・・・だから、まるでペットやモノのように扱われる例があると、聞いたことがあるわ」
「・・・・・・・・・・・・」
「ふーん・・・・・・で、お前名前は?」
「アンタ、ロビンの話聞いてなかったの!?」
呆れたようなナミの言葉に、しかしルフィは反応しない。くりくりとした黒い瞳は、まっすぐ自分の手元を見ている。
「―――ああ、おれたちは海賊だ」
あまりにも脈絡のないルフィの言葉に、面喰ったのはナミだけではない。訝るクルーたちの視線に気付いていないのか、・・気付いていないのだろう。指の間から逃げ出そうともがき始めた妖精を握りなおし、ルフィが再び口を開く。
「いや、だからってお前、あんなのと一緒にすんなよ!失敬だぞ!」
「ルフィ、お前そんな強く握ったら、」
「だってこいつ、おれらのこと、・・っ!」
「!」
ルフィの手に立てられた小さな、白い貝殻のかけらのような歯。かっぷりと食らいついた小さなあごが、けれどがたがた震えているのに気付かないほど彼らは盲目ではなかった。何度か瞬きを繰り返したルフィが小さく息をつく。「おい、」 窘めるような響きで届いたゾロの声をちらと一瞥し、やがてルフィが言葉を紡ぐ。
「・・バーカ。お前みてーなチビに噛まれたとこで、痛くもかゆくもねェや」
『―――!』
「だから、おれはこんなことぐれぇじゃ怒らねェ」
「お前に痛ェこともしねェし、酷ェこともしねェ」
こういう時に響くルフィの言葉の力を、ナミは、クルーたちはその身をもって知っている。
「・・お前、“偉大なる航路” のどっかの島に住んでたんだろ?」
『――――』
「だったら、おれたちがお前をそこに送り届けてやる」
なんの確証も根拠もない。けれどその、ひたむきなまでの自信に裏打ちされた言葉は、なぜだかストンとはまる。一分の疑念も、わずかな不信も挟む余地はない。こいつがそう言うのだから、そうなのだろうと思わせる力。・・我らが船長は時折ひどく横暴でわがままで、それでいてとんでもなく容赦がない。
「だからもう、大丈夫だ」
ルフィが好きすぎて気持ち悪い・・・・続き執筆なう。
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