…なんでこれまでスルーしてたんだろう…。夏の姉御におすすめされておきながら、機会がなかったため見送っていた「鬼灯の冷徹」を読みました。ドつぼでした。うん、わかりきってた。だって姉御がおすすめするんだもん…。
そんなわけで、折りたたみに鬼灯さまです。ひっさしぶりにゆめしょーせつ(みたいの)書いたあー!なんかいろいろ調子を掴めてないですが、まあ、とりあえずなんか文章を書かねば爆発する心地だったので書いたようなものでありまして、書いてて結構楽しかったのでよしとします。じこまんぞくじこまんぞく( ゚∀゚)o彡°
[5回]
皆さんどうもはじめまして。吉乃と申します。狐です。
狐、といってもあれです。妲己さまだとか、妓楼にお勤めする姉さん方と同じ「狐」というカテゴリーに入れられると、引け目に感じるというか違和感ありありな感じの、至って質素平凡地味並普通な狐です。
まあ、わたしも野干の端くれ、野狐の一匹ですから、変化の術のひとつやふたつは使えますけど、身の丈以上のものに化けるの、すごく疲れるっていうか。それにほら、妓楼って昼夜逆転生活になるわけでしょう? わたし、ああいうのちょっと苦手で。出来ることなら朝起きて夜寝たいですし、もっと望むなら出来るだけ規則正しい生活を送りたい。生活リズムが崩れることに、軽いストレス感じるタイプなんですよね、わたしって。
そんなわけで、幼いころから鬼の子にまじって寺子屋に通い、卒業後は桃源郷でアルバイトしながら勉学にいそしみ、今では晴れて地獄で官吏をやらせていただいています。文官ってやつです。公務員万歳。
ほら、わたし狐ですから、例えば不喜処地獄で働いてらっしゃる動物の皆さんが書いた文字とか読めるわけですけど、その彼らを統率する閻魔さまだとかにしてみればただの足跡。それじゃあ管理や処理が滞るってことで、彼らの文字を翻訳するのがわたしの仕事です。日がな一日机にかじりついて、筆を片手に報告書や指示書の類をそれぞれの文字に翻訳しています。基本的に定時出社定時退社、たまに残業があることもありますが、そういう場合はきちんと手当が出ますし、休日出勤はゼロ。集中しすぎて「あ」と「め」の区別がつかなくなったりする方も同じ部署にいたりしますが、基本的にわたしは狐なんで、そこまでやりこみすぎることもなく平々凡々とお勤めさせてもらっています。気まぐれがモットーなのは、なにも猫だけの話じゃありません。
ところで、わたし最近悩み事があるんですよね。
悩み事って言ってもわたし自身に関わる事柄じゃあないんで、どうでもいいっちゃどうでもいいことなんですけど、ほら、一度気になりだすとそのことがずっと引っかかって、寝ても覚めてもそのことばっかり考えちゃうことってあるじゃないですか。例えば、初めてナマコを食べた人って一体どんな神経してるんだろうとか。自転車のこと、なんで「チャリンコ」って呼ぶようになったんだろうとか。PHSって何の略なんだろうとか。
最近ずっと考えてるんですけど、やっぱりどんなに思い返してみても記憶にないんですよね。地獄で言うのも妙な話なんですけど、生きている限り、それなしで生活するのって相当すごいことだと思うんです。普通ならやっぱり心のどこかに遠慮が生まれたりとか、謙虚さっていうのが出てくると思うんですけど、そういうのがないのかなって。ないから、口にせずに生活しておられるのかなって。すごい、いや本当にすごい。見習ってるわけでもないですし、ぜんぜん真似したくもないですけど。
「――さん、吉乃さん」
わたしもそこそこ長い年月生きてますし、この仕事についてからも後輩ができる程度には短くないですから、記憶をたどって思い返してみてるんですけど、聞き覚えがないんです。先輩方に聞いてみてもやはり同様で、みなさん口をそろえて「そんなの聞いたことがあれば、衝撃的すぎて忘れるわけない。書物に残して代々引き継ぐレベル。けれどそんな書物は残っていないのだから、おのずと答えは出てるだろう」って、まあその通りなんですけど。
一度でいいから聞いてみたいなあ。あのひとが、ごめ
「えいっ」
「ふぎゃああああああ!」
書記は文机で行いますから、仕事中は基本的にずっと正座なわけです。慣れやコツというものがありますから、一般獄卒の方と比べればわたしも耐性のある方だとは思います。けれども、正座によって引き起こされる足のしびれの原因は末梢神経の圧迫と血行不良による一過性の麻痺と言われているだけに、まったくゼロというわけにもいきません。つまり、痛いものは痛い。でもその痛いのを我慢したりごまかしたり、休憩いれて痛みを避けながらわたしたちは仕事をしているわけです。
――休憩いれるタイミングを逃してひたすら痛みを我慢しながら書記を続けていた人間(本質は狐ですけれども)の親指を、金棒のとがった部分でつつくとはこれ一体いかなる了見で?
「おや吉乃さん、貴女ともあろう狐がはしたない。尻尾が丸見えですよ」
「……ッ、…っ!」
「恥ずかしさで言葉もでない?」
「あなたの目は節穴かなんかですか」
この、口元に人差し指をあて、斜め45度に首をかしげて「え、わたしが悪いんですか?」みたいな顔をしてみせるツノ付き(アンテナではない)こそ、閻魔大王様付き第一補佐官、奇人…間違えた、鬼神の鬼灯さまです。わたしの上司にあたります。
一括りに上司といっても、わたしたちは閻魔庁につとめる官吏ではあれ、獄卒というわけではありませんから、本来ならあまり関わりはありません。鬼灯さまはこの地獄において、閻魔さまに続くNo.2。閻魔さまという隠れ蓑を背負った真のボス(みたいなもの)ですから、本当であれば、わたしのような野干あがりのヒラ文官なんぞと言葉を交わす立場の方ではありません。
しかしそこはかの有名な鬼灯さま。シロさんの仲立ちもあって、わたしとも気軽にお話してくださいます。ワア、吉乃ウレシクテ涙デチャウ。…雲の上の方は、雲の上にいるからいいんですよねえ。アイドルはテレビの向こう側にいてこそ、みたいな。
「仕事中に呼びかけが聞こえないほど考え込んでいるからです。わたしが名前呼んだの、気付いてました?」
「もちろん!」
「顔色一つ変えずに嘘をつくのお上手ですね。地獄に堕ちますよ」
テヘペロ!
「しかし、適度に仕事熱心な貴女が考え事とは珍しい。悩み事ですか?」
「…あー…まあ、そんな感じ、です。ちょっと気になることがあって」
「わたしでよかったら、お話聞きますよ?」
どっこらしょ、とその見目麗しい姿に似つかぬ声をもらしながら、鬼灯さまが文机を挟んだ向かい側に座り込みます。墨染めの衣に焚き染めたお香が、鼻先をふっと掠めた気がしました。
しかし、こうしてよくよく見てみると…あ、目の下に隈できてる。しかも紙みたいに肌白い。
先輩の話だと、昨日夜九時にやっと提出した報告書を受け取ったのは鬼灯さま本人だったそうで。さぞかしお疲れのことだろうに、わたしなんかのことまで気にかけてくださるなんて、まったくすごい人です。いや正真正銘、鬼の中の鬼ですけど。鬼を絵に描いたような鬼ですけど。
「…吉乃さん?」
「あー…っと、いえ、その、本当に大したことなくって…」
「じれったいですねえ。さっさと吐いて楽になってはいかがです?」
「え、これ取り調べ?」
あと、いつでも片手で振り回せる位置に金棒を待機させておくの、やめてもらっていいですか。かつ丼も要らないです。
「――わたしの知人に、謝罪の言葉を口にしない方がいるんです」
「…ほう? 謝罪の言葉、ですか」
「まあ、その方はわたしと違って滅多なことじゃミスしたりヘマしたりしないんで、言う機会が少ないってのも確かにその通りではあるんですが、それでもここ少なくとも千年は『ごめんなさい』って言ってないみたいで…。その事実に気付いてからというもの、その方に『ごめんなさい』と言わせるにはどうしたらいいか、ずっと考えてるんです」
「……本当に心っ底どうでもいい悩み事ですね。ちょっとびっくりしました」
「我ながらそう思うんですけど、一度気になりだしたら止まらなくなっちゃって。鬼灯さま、どうしたらいいと思います?」
ご自身の口元に指を添えられた鬼灯さまは、横目でちらりとわたしを見ながら言いました。
「どうしたらいいか、と聞かれましても。どんな方なんです?」
「そうですね…。えっと、まず、目付き悪いです」
「………なるほど?」
「あと、顔色もよくないです。あんまり健康そうには見えないですね、病弱にも見えないですけど。噂では割とがっしりした体つきをされてるようなんですが、じかにお目にかかったことはないのでわたしには何とも。上等なお召し物を身につけてらっしゃいますが、嫌味がありません。お顔立ちも端正なのでとてもお似合いですし、女性たちにも人気です。
でも口はあんまりよくないです。アメとムチの使い分けで言うと、ムチ9割、アメ1割な感じ…いやアメが1割あればマシっていうか。一方的に虐げられてる方も少なくないってお聞きしています。とてもお強い方なので、自分より格下の者だとか、目下の者に理不尽な制裁を加えることはないらしいですが。
あ、それからすごく頭のいい方です。どんな時でも冷静沈着、泰然自若としておられますが愚鈍というわけでなく、臨機応変というか、すばらしく機転の利く方です。
そしてなにより、そのお手が…!」
「手?」
「はい、筆致がすばらしいんです。力強く、それでいて流麗。流れるようにお美しい手を書かれますが、決して読みにくいわけでない。…何度かご教授願ったこともあるんですが、わたしではまだまだ追いつけなくて。いつかその方のような手を書けるようになりたいと思っています」
「…………………」
口元に指を添えたままわずかに首をかしげた鬼灯さまは、目蓋を伏せ、口を噤んで何事をか考え込んでおられます。伏し目がちな目元に刷かれた朱が、その美濃紙のような顔色によく映えて、かんばせのお美しさを引き立てていました。
あのゴロゴロした感じの喉元とのギャップがたまらない、というのはわたしの同僚が鬼灯さまを語った時の言葉ですが、なるほど確かにわからなくもない。いや、わたしは足首派ですけど。
「…吉乃さん、ひとつ確認したいのですが」
「はい」
「官吏になる前は、桃源郷の白豚…いえ、白澤さんのところでアルバイトをされていたんですよね?」
「はい。古い筆記法について、教えて頂いたこともあります」
ですよね、と口の中で転がすように鬼灯さまはそう呟き、やがて小さな溜息と共に腰をあげました。そして、「やれやれどうしてわたしがこんなこと言ってやらなきゃならないんだ」とでも言いたげに首を左右に振りながら、言葉を続けます。
「策がないわけでもありませんが、お聞きになりたいですか」
―――ん?
「ご存じのとおり、あれは女性に対して非常に手が早い。二股三股なんのその、おそらくそういう概念すらない万年発情野郎、根っからの節操なしです。遊び慣れているのは間違いない。
しかし、そういった輩こそ、女性からの本気の思慕に弱いもの。
――物は試しです。本気を装い、あの馬鹿に「好きだ」と告げてご覧なさい。うまく騙しおおせれば、あれのたじろぐような表情と共に、ご希望の言葉が聞けますよ」
「……なるほど…、さすが鬼灯さまです。参考にさせて頂きます」
「ええ。真意を悟られれば食われかねない、まあ一種の賭けのようなものですが、どちらにしろ面白いものが見られることでしょう」
「はい、ありがとうございます。――ところで鬼灯さま、」
「なんです?」
「好きです」
このときに見た鬼灯さまのお顔を、子細に記録するだけの絵心がないわたしは、きっとそれだけで罪人なのでしょう。あな口惜しや、口惜しや。
「…………はい?」
「わたし、白澤さまの話をしているなんて言った覚えありませんけど」
それにあの方は、割と簡単に「ごめんなさい」っておっしゃいますよ、とにっこり笑いながら続ければ、眉間にしわを寄せた鬼灯さまは、疲労感の滲む声音で「それも確かに」とお返しになりました。白澤さまから謝罪の言葉を引き出そうとする場合、あの方が女性とねんごろになったのを見計らって、他の女性を案内すればいいだけの話なのですから、大して難しいことはありません。
しかしこの状況でなお、似た者同士ではないと言い張るおつもりなのでしょうか、鬼灯さま。わたしとしては、これ以上ないくらい的確に鬼灯さまを描写したつもりだったのですが、それを当の本人が白澤さまだと勘違いするなんて、まったく冗談のような話です。いつも冷静沈着、泰然自若な鬼灯さまには至極珍しいミスですが、鬼のかく乱とはよく言ったもの、こんなことも千年に一度くらいあって然るべきだと思います。
さてこれで、ここ最近ずっとわたしを苛んでいた悩み事はおそらく解決することでしょう。わたしが誰についての話をしていたのか、鬼灯さまがお気づきになられないはずもありませんし、わたしの言葉もあります。真意がどうであれ、鬼灯さまのことですから、きっとわたしの希望に応えて
「――吉乃さん。一度しか言いませんから、耳の穴血が出るまでかっぽじってよく聞きなさい」
さあこい!
「…次やったら、食い千切りますよ」
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